禍福は糾える縄の如し - 自分が「いいこと」も「悪いこと」も作り出している

人間万事塞翁が馬
禍福は糾える縄の如し

私たちは生きていると、いいこともあれば悪いこともあります。
いいことばかり、悪いことばかりはそうそう続かないものです。

ところが欲深な私たちは、

いいことだけあってほしい、悪いことはなくなれ、
永遠の信頼や愛があってほしい、いい気分、いい考えだけがあってほしい、

こんなどうしようもないほど傲慢な考えに取り憑かれ、
いいものだけを手に入れようと懸命になります。

自分にとって都合が悪いものを手放そう
悪い感情から抜け出してポジティブになろう
永遠の愛を信じて夢を持とう

耳に心地よい言葉です。
耳に心地よいこれらの言葉は私たちを救っているのでしょうか。

今、自分にとって都合の悪いもの、いいものでないものを持たない人がいるでしょうか。
悪い感情、悪い思考だけをきれいに取り去ってもうわいてこない人はいるでしょうか。
永遠に変わらない何かを手に入れた人を見たことがあるのでしょうか。

嫌なことがあるたびに頭に体操や気分の入れ替えをやり続けてきたことでしょう。
結局、ずっと同じことをやり続けているのです。

嫌なことがあると酒を飲んで気分を紛らわせているのと
何も変わらないことをずっと続けているだけなのです。

耳に心地よい言葉は、現実を忘れさせてくれる
アルコールや麻薬のようなものです。

変わらないいい気分、変わらないいい思い、変わらないいいことなんて
永遠に手が入らないものなのです。

できもしないことをしようとすればよけいな苦しみが出てくるだけなのです。

どうして自分は運が悪いのだろう
どうして自分出来損ないなんだろう
どうして自分は幸せになれないんだろう

こんなことが頭を占めることさえあるでしょう。

人と比べる必要はありません。

自分だけ、ではないのです。
誰もが同じことを思って、生活しているのです。

人間なら、みんなこのように考え、悩むのです。

いや、自分だけは特別に不幸だ

と自己を特別視して、過大評価して、苦しみに酔っているからこそ、ずっと今が続いているのです。
このように現実を直視するより、不幸だと思い込んで逃避する方が、まだ楽と感じる人もいます。

全く人生が台無しです。

私たちの人生は、幸せもあれば絶望もあります。
楽しみもあれば悲しみもあります。

すべてひっくるめて自分の人生なのです。

強欲にも

いいことだけがあればいい

そう思った瞬間、自分の不幸だけに目が行くのです。

いいことだけがあるなんて、そんなことありえません。
ありえないことを望むと苦しむのです。

気分や思考はよくなったり、悪くなったりするものです。
悪い気分や思考を退けようというのはとてもばかげています。
そんなことすれば、一時的には気分は楽になっても、
また苦しむのですから。

一部だけを切って捨てることができないのに、
それでも一部の気分や思考を切って捨てて生きてゆこうとすれば、
友人関係、社会関係などいろいろなものと衝突して、
その代償を払って、もっともっと苦しむのです。

そんな自分をずっ退いて眺めてみましょう。

そうすると、いいとか悪いとかを決めているのは自分だとわかるでしょう。

自分の前には、意味のないモノと現象があるだけです。
それに価値判断、正誤、比較、理由付け、評価をしているのは

他ならない自分

だということに気が付くでしょう。

自分の外には本来は意味のないモノと現象しかないのです。
自分が付けた価値判断などに自分が苦しんでいる姿が見えるでしょう。

まさしく、自作自演をしてる自分の姿です。

目を覚ましてほしい、と言いたいです。

悪いモノのを見ているのではなく、

自分が悪いと決めつけた、単なるモノ

を見ているだけなのです。

悪い感情に苦しんでいるのではなく、

自分が悪いと決めつけた、単なる感情

を(できもしないのに)遠ざけようとして苦しんでいるだけなのです。

幻覚を見て、幻聴を聴いて、めったやたらと暴れている状態と何ら変わりがないのです。
本人には、それらは幻覚・幻聴ではなく現実ですから、事実だと信じているのです。

単なる思考、単なる感情

そう割り切って、それらに反応しないということもできます。

私たちが目指しているのは

幻覚や幻聴から抜け出して、
思考や感情にとらわれず、行動する、ということです。

そうなると、自分を悩ませている様々な問題や苦しみのほとんどは霧が晴れるようになくなってしまうでしょう。

あれほど自分を苦しめ、悩ませてきたことが

ただ、それだけ

になってしまうのです。

人間万事塞翁が馬
禍福は糾える縄の如し

手放さずそのまま見つめると、
「いいこと」も「悪いこと」も全部自分のものであり、自分の人生であることが分かるでしょう。

手放すものは何もない

ということが分かるでしょう。

正確に言うと、手放せないのです。
手放せないものを手放そうとして、人生の歩みを止めることこそ、
無駄な苦しみなのです。

今しかない人生を、思考や感情に振り回され、
本来不必要な苦しみで無駄遣いしてしまうのはもったいないものです。

どんな苦しみがあったとしても、

それに耽溺して、苦しいと言いながら何もせずに生きてゆくのか、
新しい方法で、活き活きとした人生を送るのかは、

結局自分の選択なのです。

【自己変革のための生まれ変わりセミナー】
http://v-d-s.net/?page_id=17945

を実施しています。

漫然と生きているあなたが、死を直視して死から人生を振り返ることによって、大きな気づきを得ます。
生まれてから今までのあなたの人生全てを、催眠誘導で振り返ることによって、大きな気づきを得ます。
苦しみの正体を知り、その対処を学びます。
自分自身が何者であるのかを知ります。
思考や感情が、事実を作り出す単なる幻想や妄想であることが分かるでしょう。

脳を一撃し、人生が変わる気づきを得ることができます。
この気づきを得ることによって、あなたの人生はリセットされ、大きく変わります。

あなたの過去、あなた自身としっかり向き合い、あなたをリセットします。
行き詰まりや苦しい状態からの脱却を目指します。

そもそも苦痛を抱える主体である私が一体何ものであるのか、
本当に何をやってゆきたいのかをあらためて考える機会となるでしょう。

このセミナーは、いったん人生をリセットして新たな人生を力強く歩むきっかけとなることは間違いのないものとなるでしょう。

ひどく心が揺さぶられる体験をしますが、きっと大きな気づきを与えるものになります。
そして、単に「気づき」にとどまらず、あなたの生活や人生を制限し、阻んでいるものを抽出し、
それらがあったとしても、それでも活き活きと歩む方法をエクササイズで身につけます。

つまりは、なりたい自分、歩みたい人生を歩むための行動を強力に後押しするものとなっています。

【メンタルサロン】

私たちV.d.s.は心理学を駆使する様々な自己変革のための手法を開発する一方、霊気療法も行っています。

スピリチュアルでない、最も正統な臼井霊気療法のテキスト販売を開始しました。
http://v-d-s.net/?page_id=17938

メンタルサロンとは、霊気療法体験やその練習を行う場であり、霊気療法だけではなく、
マインドフルネスの実践や苦しみから抜け出すための方法などもざっくばらんに話し合うお茶会でもあります。
たとえば、

1 霊気療法の練習
2 霊気療法の体験
3 霊気療法と心理療法の統合練習
4 マインドフルネス瞑想を利用した苦しみからの解放
5 苦しみや悩み、不安、行き詰まりからの抜け出し方

など心身の健康と本当の幸福のために、さまざまな体験やミニセミナーを用意しています。

どなたでも気軽に参加できますので、霊気療法などをちょっと体験してみましょうと思っている方は、
ぜひ、このメンタルサロンに参加して、いろんなお話をしましょう。

参加費 2500円

メンタルサロンの詳細はこちらから
 → http://v-d-s.net/?page_id=17296

【1月メンタルサロン】

他のセミナーが入るとメンタルサロンは中止になります。

1/ 3 メンタルサロン 15時から
 1/11 メンタルサロン 19時から
 1/15 メンタルサロン 15時から
 1/29 メンタルサロン 15時から

———————————————

【私たちについて】
http://v-d-s.net/

【私たちのストア】

ここにしかないものがあります
http://vds-store.com/

自尊心にこだわる必要はありません ー 思考や感情の支配から抜け出す

以前、自尊心のお話をここに書いたことがあります。

・どうせ自分はダメだ
・何やっても長続きしない
・みんなにバカにされるほど愚かだ
・自分は人より劣っていて、不快で生きる価値がない人間だ
・自分勝手でいつもトラブルばかり起こしている

こんなものはほんの一部です。
もっともっといろんな考えが自尊心についてあることでしょう。
逆に他人を見下すような考えを持っていたとしても、
それが実は上に書いたような考えの裏返しであることはよくあることでしょう。

さて、自分について考えるとき、上に書いたような考えが私たちの頭を占めることがあります。
私たち人間はなんらかの形で他人と関わらないでは生きていけない動物です。
どんなに孤独を望んだとしても絶対に人と関わらないで生きることはできません。

集団生活は人類にとって必要なものなのです。
これは太古に私たち人類が集団生活をしなければ、
他の強い動物に襲われて死んでしまうからでした。

そして、集団生活をする際に私たちは他の人と比較して劣っているかどうか、
違っているところはないかどうかなどを常に比較し、その集団内にとどまろうとしていました。
なぜなら、その集団から放り出されること自体が死を意味するからです。

これらの習性は、現代の私たちにも引き継がれています。

ここでお分かりかと思いますが、「比較」もまた思考の働きであることです。
思考自体はもともとネガティブなものであることは、これまでのブログで繰り返し述べてきました。
ですから、「比較」自体もネガティブなものになりがちなのです。

私たちは思考を事実としてそのまま受け取る習性がありますから、
これらのネガティブな比較もまた事実として受け取り、それを信じて行動します。

なん度も言いますが、

思考は事実の解釈であって、事実そのものではありません。
思考は脳内の作用によって生まれるものであり、その内容はその人だけのものです。
思考は他人から観察することもできず、実体としても存在しないものです。

こんなものは脳内に浮かんだ幻想や妄想と同じものであるのに、
私たちは

考えたことが事実

とあまりにも簡単に信じ、受け取り、行動します。

つまりは、幻想や妄想と同じ思考に支配された行動を取っているだけなのです。
思考の発生も内容もコントロールできませんが、
私たちはコントロールできない思考をコントロールしようとして苦しんでいます。

思考はさまざまな理由づけをし、もっともらしい判断をするなどして、
あたかも思考が事実であるかのように私たちに提示します。

自尊心というものも、実は思考が作り出した

自分に関しての意見や物語

に過ぎないのです。

そして、その意見や物語は

自分という事実についての解釈であって、
自分そのものを表しているのではない

のです。

しかし、私たちはいちばん最初に書いた意見や物語を事実である証明をするために、
その意見や物語に合う記憶やイメージ、感情だけを取り出して理由づけにしようとします。

そして、自尊心を維持すると称して、
いいことだけを考える、いい気分になるあらゆることをしようとします。

気分やイメージというものは移ろいゆくものです。
いい気分だけを思い続けること不可能ですし、
気分という感情もまたコントロール不可能なものなのです。

さらに、自尊心に関わることとなると、いい気分を保つために、
常に劣った存在でないことを証明し続けなけなければならないのです。

そんなこと不可能なことでしょう。

ちなみに

私はこの世でたった一つの尊い存在であり、
かけがえのない、立派な存在である

と本気で思うことができますか?

一時的に思ったとしても、

そんなことはない

と思考が必ず囁きます。

これが私たちの思考の仕組みなのです。

思考や感情をコントロールし続けるということは、
このように

一時的にはうまくいっても、長期的には同じことを繰り返す

ことをやり続けているだけなのです。

その証拠として、

今の自分がここにいる

のです。

自尊心というものは、自分に対する判断や評価という思考が作り出した
物語や意見に過ぎず、それはあなた自身と同じではありません。

あなた ≠ 評価 = 事実の解釈 ≠ 事実

なのです。

あなたは「自分が愚か」ではなく、

自分が愚かという思考を頭の中に持っている

というのが事実なのです。

いろんな考えを持つこと自体は当たり前のことです。
しかし、考えは行動を支配しません。

・考えや感情は単なる頭の中に発生した実体のないもの
・それらはどんな内容であれ持つことはできる
・むしろ、それらを失くしたり、忘れたり、コントロールしようとすると悪化する
・考えや感情とは関係なく、行動できる

これらを体得できるとき、人生は大きく変わります。

考えてもみてください、私たちが苦しみ悩む大半は頭の中の思考や感情によるものです。
思考や感情は無くすことはできませんし、コントロールもできません。
しかし、それらを持ちながら行動は別にできます。

思考や感情が、行動しないことの理由にはならなくなります。

そうなれば、私たちは人生を圧倒するような苦しみの真っ只中でも、
それでも自分が大切にしたい人生の方向に歩くことができます。

私たちが日常生活で悩みや苦しみと思っているいろいろなことでも、
それらをすり抜けて価値ある人生を歩むことができます。

何も宗教やスピリチュアルなものに頼る必要はありません。
薬やお酒にも頼る必要はありません。
「悩みをなくしてほしい」という都合のいい対症療法に頼る必要もありません。

マインドフルネスや最新の認知行動療法などの科学的手法によってこれらは可能なのです。

一時しのぎの対症療法をしながら、人生に制限を与えたまま生きてゆくか
人生そのものを根本から見直して、人生のセラピーを行うか
あるいは、なんとかしたいとつぶやきながら何もできないまま生きてゆくか

これらは誰のせいでもない、自分の選択なのですから

自分を変えるために、一度本当にまじめに考える機会があってもいいのではないでしょうか

私たちは、物理的に不可能なこと以外、
どんなことでもできる

のですから

【自己変革のための生まれ変わりセミナー】
http://v-d-s.net/?page_id=17945

私たちV.d.s.には活き活きと生きるための大きな三本柱があります。

もし、頭から湧き出す思考や不安などの感情に左右されない行動をとることができたとしたら、
一体私たちはどうなることでしょうか。 (マインドフルネスなどの使用)

もし、原因の追及に力を注ぐ問題志向ではなく、
原因はともかく今から未来に向けての解決志向を基本原理とするならば、
一体私たちはどうなることでしょうか。 (解決志向型の戦略)

もし、私たちが持っている自己治癒力を増進するかもしれないものを
最大限に増強することができたとしたら、一体私たちはどうなるでしょうか。

この三つを軸に私たちはさまざまなことを考え、実践しています。

その目的は

一度しかない人生を活き活きと生きる

ということに尽きます。

このようなことができる人を作りあげていってます。

私たちが何をしているのか分からないという人のために、

メンタルサロン

があります。

【メンタルサロンで行うこと】

私たちはV.d.s.は、マインドフルネスなど、自分を変えるために有益なことを
できるだけたやすく身につくようにさまざまな研究を重ねています。

メンタルサロンでは、私たちが何をやっているのかを
お菓子を食べながら、心理実験もしながら知ってもらう座談会のようなものです。

さらに、マインドフルネスを中心に、行き詰まり、苦悩に打ちのめされた人たちが
根本的に変化できるようさまざまな手法を開発しています。

メンタルサロンhttp://v-d-s.net/?page_id=17296)では、マインドフルネスが初体験で、
何をどうやったらいいのかわからないという人にうってつけです。

楽しく、そして身につくものを提供しています。
ぜひ、興味がありましたら参加してみてください。

一緒に楽しみましょう。

■マインドフルネス瞑想

マインドフルネス瞑想は、不安やうつなどの改善だけではなく、
人生や仕事を豊かにするための大きな力となるものです。
仏教のヴィパッサナー瞑想から宗教色を取り除き、心理的技術として確立しました。

その有用性は、Google社やFacebook社が社内教育に取り入れるほどです。

■霊気体験

時間があれば、希望者に対して本当の霊気も体験してもらいます。
私たちの霊気についてはこちらを参考にしてください。

【病気のための霊気療法】
http://v-d-s.net/?page_id=15283

【9月メンタルサロン】
霊気などもしますので、ぜひ参加してください。
詳細はこちらから → http://v-d-s.net/?page_id=17296

他のセミナーが入るとメンタルサロンは中止になります。

9/18 メンタルサロン 16時
9/25 メンタルサロン 16時
9/28 メンタルサロン 19時

———————————————

【私たちについて】
http://v-d-s.net/

【私たちのストア】
ここにしかないものがあります
http://vds-store.com/