本気の講義でした

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1日12時間という時間が取れず、無理言って2日に分けて受講させていただきました。
ご無理を聞いてくださってありがとうございました。

講義の内容は決してきれい事や劣等感を慰めてくれるものではありませんでした。
むしろ、現実を目の前に突きつけられるようなものでした。

思考や感情は決して私を支配しているものではないこと、
生きている時間は限られていること、
これらを思い知らされました。

講義が進むにつれて、内容の全貌がわかるのですが、そこでのメディテーションがとても秀逸でした。
そのメディテーションのためだけに全ての講義があるような気さえしています。

私は小さい頃から自分が嫌いで、何をやっても自信が持てずにいました。
人から見たらいい仕事について、幸せそうに見えるようですが、いつも心にはぽっかりと穴が開いていたような気がします。

1回目の講義を受けて帰る電車の中では「みんな生きているんだ」とわけもなく感動したり、帰って家族の顔を見て、父母とその日はいろんなことを話し合ったりしました。
こんなに両親のことを考えたのは何年ぶりだろう、はじめてかも知れない、そう思いました。
価値観をひっくり返すような内容の講義を受けて、心が高ぶっていたのかも知れません。

死を思うことは生きることを考えること
人は必ず死ぬ、死刑囚のようなもの

この言葉がずっと頭にこびりついています。

2回目はもっと深いところ、「私」とは何かとか存在価値などに触れてゆくのですが、何だか自分の悩みなんてどうでもよくなってしまいました。

「いい」とか「悪い」とか自分が勝手に決めて、勝手に一人芝居をしていたことに気づいたとき、憑き物が落ちたようになりました。

これまではいろんなことに一喜一憂して、人といつも比較しながら生きてきたのですが、私の心のいろんなもの、私が出くわすいろんな体験をありのまま受け入れることができるようになりました。

そのたびに「これが私の人生」と充実を持って思えるようになりました。

まとまりのない文章で申し訳ございません。

この講義に出会えて、私の人生は変わったと思います。

研究会があるそうなので、時間があれば寄せていただきたいと思います。

 

(匿名 女性 名古屋市)

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2015年8月17日