思考や感情と行動は別のもの

幻想や妄想である思考や感情を「事実」として信じてしまうと、その「事実」と戦おう、コントロールしよう、その「事実」から逃げ出そうとします。

私たちは何かする際に「やる気」や「モチベーション」「いい気分」「いい考え」を必要とします。
逆にいうと、何かやりたくないのは「モチベーションがないから」「今そんな気分でないから」と理由づけて、結局は先延ばししたり、何かすべき時にやらなかったりします。
あるいは、まずはモチベーションを身につけよう、やる気を出そうという

思考や感情のコントロール

からはじめます。

思考や感情はコントロールできないことは繰り返しブログで書いていますし、そのための心理実験もつけていますから、身をもって体験できたのではないでしょうか。

にもかかわらず、思考や感情のコントロールにこだわってしまいます。
そこには、思考や感情は行動を支配しているという強烈な思い込みがあるのです。

本当のことをいうと、思考や感情は行動を支配していません。
思考や感情を事実だと信じている人(思考や感情に振り回される人)には、行動を支配しているように見えるでしょう。
しかし、思考や感情を単なる頭に浮かぶ幻想や妄想の類いと分かっていたならば、
それに従うこともできるし、従わないこともできるという選択ができます。

「やる気」や「モチベーション」「いい気分」「いい考え」があってもなくても、実は行動できるのです。
これらがないから「できない」と信じるのは、
やらないための理由づけにしかすきぎません。

もし、思考や感情が行動を支配していたとしたなら、あなたは人を殴ろうと思ったら殴らなければいけないし、暴れようと思ったら暴れなければいけません。
仕事や学校に行きたくない気分なら、休暇を取らなければいけません。
事実は、心にいろんなことを思いながらでも感じながらでも、行動をコントロールしていることに気がつくことでしょう。

思ったり、感じたりすることが行動を支配しているなら、私たちは今頃

病院か刑務所か墓の下

にいることでしょう。

実際にはそうでないということは、私たちは日常的に思考や感情とは別に行動をコントロールしていることになります。
このように思ったり、感じたりすることと行動は別のものなのです。
つまり、行動は自ら直接的にコントロールできるのです。

一方、思考や感情はコントロールができないものです。

コントロールできるという人はたくさんいます。
しかし、コントロールできるのなら、どうして不安や恐怖などがいまだにあるのでしょうか。

私たちはコントロールできる行動をコントロールせず、
コントロールできない思考や感情をコントロールしようとして失敗します。
ずっとこれまで思考や感情をコントロールし続けてきました。
一時的にはホッとしても、長期的には同じコントロールをやり続けています。
これは、効果がない、というのです。


つらくなるとアルコールや薬に頼って気を紛らわせ続けるのと何ら変わりはありません。
一時的に楽になるからといって7年も通うマッサージ治療院には効果がないのと同じことでしょう。

なぜ、効果がないコントロールをし続けるのかというと、思考や感情を知らないうちに事実として受け取ってしまうからなのです。
思考や感情を事実と信じているからこそ、コントロールしたり、逃げ出そうとしたりするのです。
そして、つかの間のホッとした感覚を得たいからなのです。
つかの間のホッとする感覚を得るために、悪循環を繰り返しているとも言えます。

もし、思考や感情が事実ではなく、幻想や妄想の類いであると分かっていたなら、コントロールもしないし、逃げることもしないはずです。
放っておいても発生してしまう幻想や幻覚は、信じさえしなければ、それだけでは何の障害にもなりません。
そしてその発生も内容もそもそもコントロールできません。
放っておいたらまた消えてしまうようなものです。


コントロールせず、逃げ出さず、戦わずそのままにしておいて、それらとは別に自分にとって価値ある行動を選択するのです。
そして、私たちはこのようなことができるのです。

Share