たかが一年を振り返っても・・・禍福は糾える縄の如し

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一年を振り返ると、たかが一年でもいろんなことがありました。

一つ一つの出来事に、「いいもの」や「悪いもの」という評価をつけてみると、

禍福は糾える縄の如し

ということわざの通りです。

望まなくても、心や体に「痛い」出来事はやってきます。

そのたびに、私の思考はざわざわと騒ぎ出し、

たくさんの警告を発してきました。

 

こんな時は、いつもバスの運転手の話を思うのです。

バスの運転手は私たちです。

バスの名前は「人生バス」

そして、行き先は「私たちの人生をかけてやりたいことを指し示す方向」を表示しています。

 

バスの乗客にはいろいろな人がいます。

優しいおじいさんもいれば、まじめなサラリーマン、おしゃれなOLも乗っています。

いい人や無害そうに見える人だけではありません。

酔っ払いや極道も乗って、わめき声を上げていることでしょう。

運転席の近くまできて「右に曲がれ」「そこ、左」とわめき立てるでしょう。

それが怖い運転手の私たちは、そのことばどおりに右や左に曲がってしまってきたと思います。

たまには勇気を振り絞って怖い客の言葉に逆らって逆の方向にハンドルを切ったこともあるでしょう。

そうすると、怖い客たちはいっそう大きな声で怒鳴りあげ、

「大変なことが起きるぞ」

「何かあったらどうするんだ」

と恐怖と不安をあおり立てます。

怖い客が示す方向は、私たちが望む方向ではないのに・・・

その間、私たちのバスは「行き先」から大きく外れてしまったのです。

 

そして、私たちはこの柄の悪い人が気になって仕方ありません。

この人に降りてもらおうと思っても、この人たちは降りる様子がありません。

言い争っても、降りなさいと注意しても降りません。

その間、私たちの人生のバスは道に止まったままです。

 

そこで私たちは次の作戦に出ます。

取引に出るのです。

見た目が怖いから、極道に背広を着せ、七三に分けてもらい眼鏡をかけさせ、いい人の格好をさせて後部座席に座ってもらうのです。

酔っ払いには酒を渡し、しばらく黙ってもらうことにするのです。

 

それでも運転手の私たちは後部座席が気になって仕方ありません。

黙っているか、わめき出さないか、暴れないか、そればかりが心配です。

ルームミラーでちらちらと常に後ろを確認し、心はここにあらずです。

私たちの注意は、バスの示す方向を見ずに、ルームミラーばかり見ているのです。

行きたいところを思い描くのではなく、怖い客ばかりを見ているのです。

その間、私たちの人生のバスは方向を見失っているのです。

 

ここでの乗客は思考や感情なのです。

本当のことは、

運転できるのは私たちだけであり、乗客は騒いだり、わめいたりすることしかできないのです。

乗客が私たちに代わってハンドルを切ったり、ブレーキをかけたり、アクセルを踏んだりはできないのです。

乗客を降ろすためにはバスを止めなければいけませんが、乗客もまた私たちの一部であるため、降りることはありません。

そして、それにこだわると他の乗客まで騒ぎ出しますし、新たな客まで乗ってきます。

客が何を言おうが、騒ごうが、私たちは私たちの人生をかけてやりたいことに向かってバスを進めることができるのです。

 

確かに、生きてゆくと、裏切られたり、騙されたりする辛いことにも出くわすでしょう。

一つ一つの出来事に打ちのめされようと、私たちの行く手には北極星のように「人生をかけてやりたいこと」が輝き、それでも私たちはそれに向かって歩こうとします。

人生において、絶望や悲しみなども必ずついて回るものであり、それもまた人生の出来事なのです。

人生の一つ一つの出来事をありのまま肯定することができず、目先の出来事への対処に追われ、本来の私たちの人生を歩むことができないでしょう。

客に怒鳴られ、客のいいなりにハンドルを切るバスの運転手はいつまで経っても自分が行きたいところに行くことができないのです。

 

私たちの人生を振り返ってみて、本当に苦悩であることは、不安があることや対人恐怖があること、摂食障害があること、トラウマがあること・・・・ですか?

そうではないでしょう?

本当は、それらがあることによって、私たちが歩みたい人生を歩むことができないことではないですか?

 

確かに道に迷うこともあるでしょう。

道路工事や事故渋滞に出くわすこともあるでしょう。

突然客がわめく出すこともあるでしょう。

それでも、私たちは私たちの行き先「人生をかけてやりたいこと」に向かって進むことができるのです。

私たちの心理学は、人は悩むものであり、その悩みによって人生を縛る必要はなく、いかにそれからすり抜けるか、という

悩み苦しみから生まれたものでもあります。

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