思ったこと、感じたこと、つまり思考や感情と行動は別のものだと何度か書いてきた
いい気分ややる気がないから行動できない
一見正しいように見えるが、実は思考や感情と行動は別のもの
思考や感情は行動を支配はできない
正確に言うと、思考や感情は行動に影響は与えても支配はできない
もし、思考や感情が行動を支配していたとしたら、殴りたいと思ったら殴らないといけないし、殺したいと思ったら殺さなければならない
実際はほとんどの場合、こういう思考や感情、衝動を我慢して行動を抑制する
思考や感情がこのように行動を支配していたとしたら、私たちは今頃は墓の下か刑務所か精神病院である
例えば、拳銃を頭に突きつけられて、あなたが苦手とすること(人前でスピーチする、異性と話すなどなど)をしろと言われたらきっとするだろう
では、ずっと最高の幸せな気分に浸りながら読書をしろと言われたらできるだろうか
いくらポジティブに考えても、過去の記憶から幸せなことを思い出そうとしてもきっと読書に集中できないか稀に幸せな気持ちが発生してもすぐに色褪せる
これは、行動は思考や感情とは別にできること、そして感情(思考や衝動なども)はコントロールできないことを証明する
もちろん最初の話でどうしても苦手なことをしたくない、殺してくれ、ということも「するか・しないか」と行動を選択できることを示している
私たちはやる気がないから、嫌だから「〜しない」と当たり前のように言い、それが正しいものであるかのように信じている
私たち人間が持つ思考や感情のほとんどがネガティブなものだ
これは進化の中て生き残るために何百万年かけて得てきたものであるため、なくすことなんてできない
稀に幸せだ、安心しているという気分が発生しても長続きしないものだ
つまり、このような気分は贅沢品のようなもの
やる気やいい気分がないと行動できないというのは、贅沢品がないとしないというのと同じこと
気分や思いなんて刻一刻と変わるものであり、コントロールできないのに、やる気やいい気分を保たないと行動できないのは、結局「しないための理由づけ」にしかないことがわかる
思考や感情はコントロールできない
コントロールできないものは発生するがままに放置すること
それらの存在を認めつつ、反応しないこと
そして、そのような思考や感情を持ったまま、自分がやりたいと思った行動はできるのだ