ついに・・・インフォカートで販売しました。
少し商売っ気のあるページで申し訳ないです。(^_^;)
しかし、内容は本気です。
「空性」の瞑想です。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/onsei/kuusyou/
ここでの瞑想のテーマは「空」と「私」です。
物事の本質が空であるということは、仏教において唱えられています。
私たちもまた、仏教とは違った心理学的な観点から、物事の本質、特に、「私」についてその本質を見極めてゆきたいと思います。
ここでいう空性とは、存在しないこと、を意味します。
この世には、全く滅びもしないものはなく、全てのものは生まれ、そして消滅してゆくものなのです。
その本質は、空性、つまり、何もない、ということです。
そして、物事に対する誤った認識が、私たちの心から完全に消滅してしまうことであります。
テーマを一つ一つていねいに検証しながら、『苦悩する主体である私自身とは何か』について学びます。
ある人は、私たちが瞑想を扱うことを「宗教くさい」と言いました。
しかし、第3世代認知行動療法と呼ばれているACTやマインドフルネス認知療法、弁証法的行動療法などはその中心のエクササイズにはマインドフルネスがあります。
マインドフルネスとは、「今、ここ」の気づきであり、仏教の瞑想から宗教色をぬぐい去り、心理療法として確立した技法なのです。
そして、思考をただ眺める、ということを学ぶのです。
たとえば、思考との分離や思考は事実ではないというとき、その対処としてマインドフルネスが使われるのです。
これなくしては、単に思考は事実でないといったところで「ではどうしたらいいの?」という対策が全くないということになります。
このことは、本当に思考が事実でないことを理解していたら分かる、というものです。
事実、このように企業研修でも取り入れられています。
http://www.huffingtonpost.jp/2013/07/07/mindfulness_businesses_corporate_employees_meditation_n_3559283.html?utm_hp_ref=japan
ぜひこの音声誘導で味わってください。
しかも、この音声誘導では、「私」についての考察があります。
自分探し、という言葉がありますが、探している自分と探されている自分、この二人が存在することはありません。
つまり、探している自分の内にすでに自分がいるのですから、永遠に探すこと何て不可能なのです。
そして、何よりも、自分、つまり、「私」とは何か?という根本的なテーマについて深く考察します。
「私」は「私」というのは答えになっていません。
そもそも「私」とは何だろうか?
私のカバンというとき、「私」と「カバン」は別にあることになります。
つまり、カバンは私ではないのです。
私の手というとき、「私」と「手」は別にあることになります。
つまり、手は私ではないのです。
では、「私」はどこにあるのでしょうか?
そもそも「私」と思っている「私」は存在するのでしょうか?
もし、「私」が存在しないなら、苦悩する主体としての「私」もないわけです。
このようなことを音声誘導で学びます。
たぶん、衝撃を受けるかもしれません。
決して、無になったり、リラックスしたり、何かしらの不思議な力を得るような瞑想ではありません。
「私」そのものについての瞑想であるのです。
たぶん、さまざまな答えは、ここにあるのかもしれません。
