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役に立つか、役に立たないか
私たちは、良い・悪い、正しい・間違い、好き・嫌い、優・劣などの思考や感情をモノや人、行為などに貼り付けてしてしまう
自然界には、正しい・間違いなどの判断や比較、理由づけなどは存在しない
全て自分の頭の中、つまり脳の活動離結果生まれているものである
これをモノや人や行為に投影して見て、そして、それが事実であると信じて疑わない
自然界には、単に意味のない
モノがあって、モノが動いているだけ
なのである
意味は自分の頭の中にしか存在しないもので、それは他人から観察も計測もされない実体のないものである
実体のないこういったものは妄想と呼ばれる
意味のないモノや動いているモノに思考や感情などを投影して貼り付け、あたかもモノにその性質があると思い込んでいるだけである
妄想を見ているだけである
そして、妄想はしばしば苦悩を作り出す
自分の脳内で苦悩を作り出しているのに、苦悩の原因が外にあると信じてしまう
だから、
正しい・間違い、好き・嫌いなどということを基準とするより
自分にとってそれが
役に立つか・役に立たないか
を基準とすると、よりうまく生きてゆくことができる
自分を苦悩に陥らせる時、必ず正しい・間違い、好き・嫌いなどの妄想に囚われている時である
こういうと、とても功利的に思うが、実際にこのように生きてゆくと、
妄想を退け、不必要な苦悩を避け、よりよく生きてゆくための知恵なのである
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心理学、脳科学など科学をベースとした「考え方」を変える、つまりは人生そのものを変えてしまう可能性があるセミナーです。
様々な症状に苦しんでいても、その苦しみさえどうでもよくなってしまうようなセミナーです。
いえ、人生そのものに対するセラピーかもしれません。
死は生命の終わりです。
死は絶対にやってきます。
死はいつかわからないけれど確実にやってきます。
しかし、私たちはそれを現実のものと捉えようとはしません。
確実に体験する死を真面目に考えることは、今を精一杯生きることでもあります。
このセミナーは、「死」を考え、「自分」を考え、「生きる目的」を考えるセミナーです。
数多くの実験やエクササイズ、映像とともに進行してゆきます。
お金持ちになろうとか、ハッピーな気持ちでいよう、ポジティブに考えたら何もかもうまくいく、宇宙にお任せしよう、思考や感情をコントロールしようなどというお気楽なものではありません。
それで解決するなら、どうしてまた、同じように悩んでいるのでしょうか。
かなり内容は深いセミナーです。
セミナーでもあり、セラピーでもあります。
あなたの人生そのもののセラピーです。
そして、あなたが生まれ変わるためのものです。
『自己変革のための生まれ変わりセミナー Regeneration』
あなたの思いとは関係なく
人の死を見ても
自分の死だけはまだ先だと
都合よく思い込む
世界では1秒に2人亡くなっているという
その亡くなった人の大半も
私たちと同じようにその日その時に
亡くなるとは思わなかっただろう
死にたいと思っても思わなくても
そんな思いとは関係なく人は死ぬ
絶対に死ぬ
だから安心しよう
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心理学、脳科学など科学をベースとした「考え方」を変える、つまりは人生そのものを変えてしまう可能性があるセミナーです。
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しかし、私たちはそれを現実のものと捉えようとはしません。
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あなたの人生そのもののセラピーです。
そして、あなたが生まれ変わるためのものです。
『自己変革のための生まれ変わりセミナー Regeneration』
「私」は固定的なものでもなく、常に入れ替わっている
「私」についてもっと理解を深めてみましょう。
人間以外の動物には「私」はありません。
むしろ「私」を持つ人間だけが特別な存在なのです。
そしてこの「私」もまた思考から創り出された実体のない妄想にしか過ぎないことが分かりました。しかも「私」は何の決定も実際は行っておらず、脳がいつの間にか決定してしまったことをなぞるように現れてくるのです。
常に変わらない「私」はどこにも存在せず「私」を意識した時だけ「私」が現れるのです。
そんな「私」はいろんなことを示唆します。
たとえば「私」が外の世界から独立していることや「私」という意識が永遠であるようなことです。
もし、あなたに対してどこからどこまでがあなたですか?と聞けば、間違いなくあなたは、自分の体を指し示すでしょう。
本当にそうですか?
ここに有名なパラドックスがあります。
ある船があります。
その船はとても古い時代から保存されていましたが、もちろん年月とともに素材や部品が傷みます。
そのたびごとに素材や部品を新しいものにしました。
そして、もともとの船の材料は全て新しいものに置き換えられてしまいました。
さて、この船はもともとの船と同じものか、そうでないか。
これは「テセウスの船」と呼ばれるものです。
(プルタルコスは、全部の部品が置き換えられた時、その船が同じものと言えるのかという疑問を投げかけている。また、ここから派生する問題として、置き換えられた古い部品を集めて何とか別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船なのか、という疑問が生じる。)Wikipediaより
直感的には「全く同じ形・寸法であったとしても、元の船とは同じではない」と思う人が大多数でしょう。
あるいは「ワシントンのハンマー」というものもあります。
ジョージ・ワシントンが使ったハンマーがありました。
しかし年月を経るたびに、柄は折れて金属製の部分は傷みました。
そこで、寸法、材質は全く同じままに取り替えました。
もちろん、ワシントンが使っていたものとは完全に入れ替わっています。
これを「ワシントンが使っていたハンマー」と言えるでしょうか。
さて、私たちの身体に目を向けますと、毎日細胞が死滅して新しい細胞に取って代わっています。
原子レベルでも、その入れ替わりがあります。
1年、あるいは数年の内に全ての原子、もしくは細胞は入れ替わります。
それは元の「私」と同じでしょうか。
あるいは、幼い頃の「私」と今の「私」は姿も形も変わっています。
さて、それは幼い頃の「私」と同じでしょうか。
たぶん多くの人は「同じです。なぜなら『私』という意識は変わっていないのだから」と言うでしょう。
しかし、問題の本質はテセウスの船やワシントンのハンマーと同じではないでしょうか。
テセウスの船やワシントンのハンマーは形状も材質も全く同じでした。
あなたについて見てみると、10年前のあなたと今のあなたは姿形も違うではないですか。10年前と今のあなたは一体、何が同じなのでしょうか。
この世には恒久不変なものは何も存在しません。
全てのものは生じたら滅してゆくものです。
そうすると、構成する身体の素材が全て入れ替わったとしても「私」だけが恒久不変であるというのは矛盾します。
もし「私」が恒久不変なものであったとしたら、その「私」はいつ生まれたのでしょう。
そもそも恒久不変なものが生まれること自体おかしいでしょう。
このように、生じもしないし、滅しもしない「私」というものがあったとしたら、今この世はこれまで存在した人間の「私」だらけになってしまいます。
実体としてのものは全て生じては滅してゆきます。
一方、概念は恒久普遍なのです。
なぜなら、概念は妄想だからです。妄想は実体ではありませんから、恒久普遍と決めても問題はありません。
いや、恒久普遍な「私」の矛盾を解消するために「輪廻転生」があるのだ
と言う人もいます。
確かに、ヒンドゥー教や現代の仏教ではその教義に輪廻転生がありますが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で輪廻転生を認めると教義自体が成り立たなくなります。
私たち、特に外国のように民族や宗教の多様性がない日本人は、自分たちの思考が世界標準であると疑いもなく信じてしまう傾向があります。
生まれながらにして何となく「生まれ変わり」があるかのように教えられてゆくと、それが「常識」や世界標準であるかのように思うのです。
漠然と輪廻転生を信じている人は、世界の多数の宗教が輪廻を認めていないことを知らないし、輪廻転生が認められない構造になっていることを知らないのです。
もし、輪廻転生が真実ならば、全ての宗教で認められていなければいけません。しかし、現実は違います。さらに、真実というならば、科学的に証明されていなければいけませんが、その証明はされていません。
ただ、私たちは価値判断に基づく宗教的信念を論ずることはしません。
それはどこまで行っても平行線なのですから。その意味はもうおわかりでしょう?
このような宗教的信念はともかくとして「私」という意識の有無で、たとえ素材が入れ替わったとしても、テセウスの船やワシントンのハンマーとは違う、とどうして言えるのでしょうか。
そもそも「私」は脳から創り出された妄想だったではないですか。
1日に2億個の細胞が死に、2億個の細胞が再生されています。
酸素を取り入れ、取り入れられた酸素は体中に運ばれ、老廃物の二酸化炭素が排出されます。食べ物は口から胃へ、胃から腸へ運ばれる過程で消化され、体内に取り込まれ、一部は排泄されます。
では、あなたに聞きますが、外部から肺に取り入れた酸素はいつからあなたになるのですか。
食べ物はいつからあなたになるのですか。
肺や胃にある間はあなたではないのですか。
肺や腸から吸収されてあなたになるのですか。
もし指が切り落とされたら、その指はあなたですか。
もし、手術で縫合されてもその指はあなたですか。
テセウスの船やワシントンのハンマーや日常の呼吸、食事などを考えてみても、思いのほか私たちには「私」と「私以外」の境目がないことに気がつきます。
そして、これは実は人間以外の動物にとって当たり前の世界なのです。
本当は全てのものはこの世界、宇宙そのものであるにもかかわらず、人間だけが「私」を脳が創り出したために、世界、宇宙と別なもの、対立するものとして捉えてしまうのです。
「私」の目から見た世界「私」が体験した世界「私」が信じている世界だけがあたかも正しいと思い込むのです。
世界はあなたのために、あなた中心に存在していませんが、あなたは自分が体験する世界が実体だと信じています。
これは妄想である「私」に対する執着、我執から発生するものなのです。
優れている・劣っている、正しい・間違い、美しい・醜い、強い・弱いなどは比較によって発生する評価です。
当然、評価は妄想ですから実体ではありません。
しかし、実体と捉えると、この「実体」を持っている「私」は「正しい」と信じ込み、これから生み出される我執がこの対立した妄想をもとに戦ったり、逃避したりするのです。
よくよく考えるとこれが本当は無意味なものであることに気がつくでしょう。
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心理学、脳科学など科学をベースとした「考え方」を変える、つまりは人生そのものを変えてしまう可能性があるセミナーです。
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死は絶対にやってきます。
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このセミナーは、「死」を考え、「自分」を考え、「生きる目的」を考えるセミナーです。
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かなり内容は深いセミナーです。
セミナーでもあり、セラピーでもあります。
あなたの人生そのもののセラピーです。
そして、あなたが生まれ変わるためのものです。
生きることに意味なんてない
私たち人間は、思考というものを持って以来、本来は意味がないものに意味づけするという習性があります。
そして、その意味づけはもっともらしい事実にように感じてしまうこともあります。
太陽がある意味、自然がある意味、自分が生まれた意味、人生の意味・・・
意味は思考が生み出すものであって、それ自体の本質ではありません。
人間がいなくなっても、事実である実体は残りますが、意味はなくなってしまいます。なぜなら、意味づけするものがいなくなるからです。
意味について苦悩に陥るとき、まさに脳が生み出す妄想の森でもがいている状態なのです。
生きることに意味なんてありません。
生きることの意味を探しても答えはないのです。
答えがないものに対してはいかようにでも答えることはできますし、否定もできます。
同じように、死ぬことにも意味はないし、この自然界すべてのものには何らかの意味はありません。
意味だけではなく、目的も意図もありません。
ただ存在するだけです。
自然界、宇宙には意味や目的や意図があって存在するものはありません。
ただ、存在するだけです。
人間だけが、もともと意味がないものに対して意味をつけているのです。それは人間の勝手な都合なのです。
例えば、人間は、遺伝子に自分のコピーを作る情報が書き込まれていることを知ると、「遺伝子は自分が生き残りや自分のコピーを増やす目的を持って存在している」という物語を作ってしまう癖があります。
しかし、遺伝子がそのような目的を持って存在しているのではなく、様々な分子が長い年月をかけてくっついたり離れたりを繰り返しているうちに、遺伝子のような塊がたまたま作られ、たまたまコピーを増やすような作用をしているだけなのです。
そこに意味はありません。
人間だけが、そこに意味を見出してしまうだけです。
サイコロの目のようなものです。
サイコロのある一つの目が出ると、他の目は出ません。
目が出てしまうと決定しますが、目が出るまでは不確定です。
そして、その目が出た意味を考えても仕方ないことです。
同じように、現在から過去を思い出すと原因は特定できますが、未来は不確定です。
その意味で、未来まで運命や宿命で人生が決定づけられると考えるのはとても愚かなことです。
本来、意味があろうとなかろうとものは存在します。
人間がいようがいまいが、そこにものは存在します。
意味なんてものはそれを与えた人間がなくなると、たちまち消えてしまうものです。もともと意味がないのに「本当の意味」を探そうとしても妄想の中で迷うだけです。
私たちが生きる、ということは、意味を見いだすことではなく、本当は、あらゆる体験を肯定して、ありのまま、価値判断せず、回避することなく「体験すること」なのです。
私たちは日々、単なる出来事を体験して、それを評価します。
しかし、自分が評価していることを忘れて、その評価に振り回されると、人生は台無しになります。
嫌だ、不快だと勝手に思ったことを、あたかも世界の真実であるかのように取り扱うと、そこから逃げ出します。もともとはコントロールできない思考や感情をコントロールしようと躍起になります。
そうすると、人生の幅はもっと狭くなり、硬直化してゆきます。
逃げる先は妄想の森の袋小路なのです。
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心理学、脳科学など科学をベースとした「考え方」を変える、つまりは人生そのものを変えてしまう可能性があるセミナーです。
様々な症状に苦しんでいても、その苦しみさえどうでもよくなってしまうようなセミナーです。
いえ、人生そのものに対するセラピーかもしれません。
死は生命の終わりです。
死は絶対にやってきます。
死はいつかわからないけれど確実にやってきます。
しかし、私たちはそれを現実のものと捉えようとはしません。
確実に体験する死を真面目に考えることは、今を精一杯生きることでもあります。
このセミナーは、「死」を考え、「自分」を考え、「生きる目的」を考えるセミナーです。
数多くの実験やエクササイズ、映像とともに進行してゆきます。
お金持ちになろうとか、ハッピーな気持ちでいよう、ポジティブに考えたら何もかもうまくいく、宇宙にお任せしよう、思考や感情をコントロールしようなどというお気楽なものではありません。
それで解決するなら、どうしてまた、同じように悩んでいるのでしょうか。
かなり内容は深いセミナーです。
セミナーでもあり、セラピーでもあります。
あなたの人生そのもののセラピーです。
そして、あなたが生まれ変わるためのものです。
『自己変革のための生まれ変わりセミナー Regeneration』
死について思うこと
どうせ死ねば脳は死に、体も分解され、分子、原子になって拡散し、再び他の構成物の一部になる
魂も心も生まれ変わりもどこにもない
これらは生きてる人間の妄想にしか過ぎない
死にたいと思っても思わなくても
人は必ず死ぬ
絶対に死ぬ
事故、病気、自殺、老衰、災害などで亡くなった人達は、
まさか私が今日に死ぬとは思っていなかったに違いない
私たちはその人たちと同じだ
明日生きている保証は何もない
少なくとも「今」は生きている
そして「今」できることを全部やってしまおう
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心理学、脳科学など科学をベースとした「考え方」を変える、つまりは人生そのものを変えてしまう可能性があるセミナーです。
様々な症状に苦しんでいても、その苦しみさえどうでもよくなってしまうようなセミナーです。
いえ、人生そのものに対するセラピーかもしれません。
死は生命の終わりです。
死は絶対にやってきます。
死はいつかわからないけれど確実にやってきます。
しかし、私たちはそれを現実のものと捉えようとはしません。
確実に体験する死を真面目に考えることは、今を精一杯生きることでもあります。
このセミナーは、「死」を考え、「自分」を考え、「生きる目的」を考えるセミナーです。
数多くの実験やエクササイズ、映像とともに進行してゆきます。
お金持ちになろうとか、ハッピーな気持ちでいよう、ポジティブに考えたら何もかもうまくいく、宇宙にお任せしよう、思考や感情をコントロールしようなどというお気楽なものではありません。
それで解決するなら、どうしてまた、同じように悩んでいるのでしょうか。
かなり内容は深いセミナーです。
セミナーでもあり、セラピーでもあります。
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