思考や感情はコントロールできない

私たちの思考や感情は、私たちが望んだ瞬間に生まれるわけではありません。突然、何の前触れもなく不安が襲ってきたり、怒りが込み上げてくることがあります。この時、多くの人はこれらの思考や感情をコントロールしようとしますが、実際にそれが成功したことがあるでしょうか?おそらく、ないはずです。コントロールすることが可能だと信じている人もいますが、もしそれが本当にできるのならば、なぜ未だに挫折や絶望、苦しみが私たちの生活に存在しているのでしょうか。

コントロールすることの限界

思考や感情をコントロールしようとする努力は、実は逆効果です。それはブーメランのように戻ってきて、さらに大きな負荷をかけます。例えば、嫌なことを忘れようとすればするほど、そのことが頭から離れなくなる経験をしたことがあるでしょう。これが、私たちが思考や感情をコントロールしようとしたときの典型的な結果です。

また、思考や感情をコントロールしようとしている時、私たちはその瞬間、人生の時間を止めてしまっているのです。本来、私たちは現実に即して行動し、成長していくべきなのに、思考や感情をどうにかしようとすることで、現実に対処することから逃げてしまっています。

思考と感情を受け入れるという選択肢

では、どうすれば良いのでしょうか?答えは簡単です。思考や感情をコントロールするのではなく、単なる現象として受け入れるのです。思考や感情は、あくまで私たちの脳が生み出したものであり、事実そのものではありません。それらは、現実に対する「解釈」に過ぎず、私たちがどう反応するか次第で、その影響も変わります。

思考や感情をただの妄想として受け入れると、どんなに強い感情が生じたとしても、それに振り回されることがなくなります。これにより、思考や感情が私たちの行動に影響を与えることはあっても、それが行動を支配することはありません。

行動は自由に選択できる

たとえネガティブな思考や感情が生じたとしても、それに左右されずに行動することができます。これは、私たちが日常的にすでに行っていることです。例えば、誰かに対して怒りを感じたり、攻撃的な思考が浮かんだとしても、実際にその人を傷つける行動に移すことはありません。思うこととすることは別であるという点は、私たち自身がすでに理解していることです。

思考や感情が強くなると、それが現実であるかのように感じることがあります。しかし、それらはただの一時的な現象であり、私たちの行動を決定づけるものではないのです。思考や感情に流されるのではなく、自分の価値や目標に基づいた行動を選び取ることで、より自由で豊かな人生を送ることができます。

コントロールを手放し、未来を広げる

思考や感情を無理にコントロールすることをやめると、私たちの未来は広がります。感情にとらわれることなく、冷静に状況を見つめることで、今まで見えていなかった選択肢が見えてくるのです。

現実は私たちの思考や感情に関わらず存在します。私たちができることは、それらを認識しつつも、それに支配されずに行動することです。たとえ困難な状況にあっても、自分の大切にしていることに基づいて行動すれば、未来はさらに広がっていきます。コントロールを手放すことで、私たちはより自由で、生き生きとした人生を歩むことができるのです。

この考え方を実践することで、私たちはどんな状況にあっても柔軟に対応し、自分らしい人生を切り拓いていくことができるでしょう。

ネガティブ感情との向き合い方

幸せの現実

私たちは誰しも「幸せになりたい」と願っています。しかし、その「幸せ」とは一体何でしょうか。多くの人々は、苦しみや辛さを避け、常に楽しく、ポジティブな状態を維持することが幸せであると信じています。たとえば、SNSで他の人の成功や楽しそうな投稿を見ると、それが幸せの象徴のように感じ、自分自身を他人と比較してしまいます。SNSによるこのような比較は、他人の成功と自分の現実を比べて焦りや劣等感を感じる原因となり、さらに自己嫌悪に陥ることがあります。しかし、このような比較は、自己嫌悪やネガティブな感情を引き起こし、私たちの苦しみを増やすことがあるのです。

しかし、幸せとは常にポジティブな状態を維持することではありません。私たちの人生には、避けられない苦しみや不快な感情が伴います。生まれた瞬間から、誰もが経験する「生老病死」と呼ばれる人生の必然的な要素があり、これらを完全に排除することは不可能です。むしろ、これらの苦しみとどう向き合うかが、私たちの幸福感に大きな影響を与えます。

思考や感情のコントロールの誤解

多くの人は、思考や感情をコントロールできると信じています。自己啓発書や多くのメディアでは、ネガティブな感情をポジティブに変える方法が紹介されていますが、実際のところ、思考や感情は脳の自動的な反応であり、完全にコントロールすることはできません。

たとえば、不安や悲しみといった感情は、外部の出来事や脳の反応として自然に生じます。これらを無理にコントロールしようとすると、新たなストレスが生まれ、かえって状況を悪化させることがあります。これは、私たちが持つ「脳の自動的な反応」を理解することが、重要である理由の一つです。思考や感情は脳が生み出す一時的な現象であり、私たちが意図して生み出しているものではありません。これらの感情は、脳内で神経伝達物質が働くことで生じています。例えば、ドーパミンやセロトニンといった化学物質が、私たちの感情に影響を与えます。これらの物質のバランスが変わることで、喜びや不安といった感情が生まれます。これらの感情は、脳内で神経伝達物質が働くことで生成されます。たとえば、ドーパミンやセロトニンといった化学物質が、私たちの感情に大きな影響を与えています。これらの物質のバランスが変わることで、喜びや不安といった感情が生まれるのです。

感情に対する適応的な反応は、脳が進化する過程で人間に備わったものです。悲しみや恐怖といった感情は、危険から身を守るために脳が警戒心を強めるための反応であり、それ自体が悪いものではありません。むしろ、これらの感情を受け入れ、無理に追い払おうとしないことが、心の平安につながるのです。

苦しみを受け入れる力

私たちが幸せになるために避けて通れないのは、「苦しみ」をどう捉えるかという問題です。多くの人は、苦しみを排除することが幸せだと考えていますが、実際には苦しみは人生の一部であり、完全に避けることはできません。それでは、どうすればいいのでしょうか。

答えは、「受容」にあります。思考や感情を無理に変えようとするのではなく、ありのままに受け入れることで、私たちは苦しみから解放されるのです。たとえば、病気や困難に直面したとき、その状況を「どうにもならない」と悲観的に捉えるのではなく、「この状況で自分に何ができるか」と考えることが大切です。この考え方は、苦しみをさらなる苦悩に変えないための鍵となります。

感情や思考は、私たちの一時的な脳の反応に過ぎません。これらをコントロールしようとするのではなく、観察し、受け入れた上で、私たちが本当に大切にしている価値に基づいた行動を取ることが重要です。たとえば、ネガティブな感情が沸き上がってきたとき、それを無視するのではなく、それにとらわれないで進むことで、感情に支配されずに自分の道を歩むことができます。

真の自由な生き方

すべての感情や思考を受け入れ、それに振り回されずに行動することが、私たちにとって真の自由な生き方です。これが、私たちが目指す「ニューヒューマン」の生き方です。ニューヒューマンとは、現実を受け入れ、思考や感情にとらわれず、自分の価値ある方向に基づいて生きる人のことです。

私たちが追い求めるのは、困難や苦しみを排除することではなく、これらとどう向き合い、どのように行動するかを選ぶことです。これが、本当の意味での幸せに繋がります。思考や感情に左右されない生き方を実践することで、私たちは自由な人生を手に入れることができるのです。

最後に、苦しみや困難は避けられませんが、それをどう受け止め、どのように行動するかが重要です。私たちは、すべての感情や状況を受け入れた上で、自分の価値に基づいた行動を選択し、人生を自由に生きています。この生き方こそが、私たちにとっての「真の幸せ」をもたらすものです。

神や仏は今の私たちに必要か?

私たちは、科学的な事実に基づいて生きることを重視しています。伝統的な宗教概念や信仰に頼らず、現実的で合理的なアプローチを取っています。ここでは、魂、あの世、神仏といった概念について、私たちの考え方を説明します。

魂は本当に存在するのか?

魂の存在を信じる必要はありません。人間の意識や思考は、すべて脳内の神経活動の結果です。脳が機能を停止すれば、意識も消失します。「不滅の魂」と呼ばれるものが残ることはないのです。魂が死後も存続するという考えは、科学的根拠がなく、単なる幻想です。

あの世は実在するのか?

あの世の存在も同様に否定します。死後に別の世界があるという考えは、人間が死や無を恐れる中で作り上げた想像の産物です。死とは、意識が消え、体が物質に戻る自然なプロセスにすぎません。あの世を信じるのではなく、今この瞬間を大切にし、現実に根ざした人生を送ることが重要です。

神や仏は必要か?

神や仏の存在も信じる必要はありません。これらは、人類が自然現象や未知の出来事を説明するために創造した概念です。科学が未発達だった時代、不思議な力や出来事を理解しようとして、超自然的な存在が生み出されました。しかし、現代では多くの現象が科学的に解明され、神や仏の概念が必要とされる領域は狭まっています。

死をどう捉えるべきか?

死は避けられない自然現象です。恐れるのではなく、受け入れるべきです。死後の報いや永遠の存在を信じるのではなく、今ここにある人生を精一杯生きることが大切です。

魂、あの世、神仏といった概念は、人間が理解できない現象を説明しようとして作り出した幻想です。私たちは、これらを信じる代わりに、現実に根ざし、科学的な事実に基づいて生きることを選びます。死を自然の一部として受け入れ、今この瞬間をありのままに生きることが、真に充実した人生につながるのです。​​​​​​​​​​​​​​​​

ワンネスの理解と私たちの進化

現代の私たちが直面している多くの問題は、古代から受け継いできた本能や反応によって引き起こされています。食料が乏しかった時代に生存のために身につけた高カロリー食品への嗜好や、他者に認められたいという欲求は、現在でも根強く残っています。しかし、それらは必ずしも現代の私たちに適応的なものではありません。

これらの行動の背景には、進化の過程で形成された脳の働きがあります。私たちは、脳が生み出す思考や感情に振り回されがちです。これにより、動物や他者との争いや自然破壊を招くことになります。しかし、こうした行動は、すべて幻想に過ぎないのです。私たちの脳が作り出す幻想の中に、物質的な所有欲や支配欲が含まれています。これらの幻想に基づく行動を超えることが、私たちの次なる進化に繋がります。

物質的なものにとらわれず、私たちは「素粒子」のレベルで世界とつながっている存在です。科学が明らかにしたように、私たちの体も地球も、さらには宇宙全体も、同じ素粒子で構成されています。これらは一見別々の存在に見えますが、実際には深いレベルでつながっているのです。この「ワンネス(oneness)」の理解こそ、私たちが目指すべき生き方です。すべての生命、そして宇宙そのものと一体となり、物理的な限界を超えて行動することで、私たちはより自由で豊かな人生を送ることができるのです。

人間と動物、そして地球全体は、素粒子レベルで一つに結びついています。私たちはこのつながりを理解し、動物や自然を尊重する必要があります。動物を劣った存在と見なすことは、単なる幻想にすぎません。動物や自然との共生は、私たちが自らの限界を超えて進化するための鍵です。地球上のすべての生命は相互に依存しており、共に生きることが私たちの未来を切り開く道となります。

技術の進展や科学の力は、私たちに大きな可能性をもたらしましたが、それだけでは十分ではありません。私たちの内面的な進化が伴わなければ、どれほど科学が進歩しても根本的な問題は解決されません。私たちは「ワンネス」の理解をもとに、他者や自然とのつながりを深め、宇宙全体との一体感を持って生きることが求められています。

価値ある人生を歩むためのライフ・ヴァリューとは

価値ある人生とは

「価値ある人生」とは、自分のライフ・ヴァリューに向かって歩み続ける人生のことです。この「ライフ・ヴァリュー」とは、人生における価値や生きる目的を指し、具体的な達成可能な目標とは異なります。その特徴は「絶対に手に入らないものであり、常に行動によって表現されるもの」です。

例えば、「愛する」「社会に貢献する」「他者に尽くす」といった行為そのものがライフ・ヴァリューとなります。これらの行為は単なる達成目標ではなく、完結することのないものであり、私たちの人生に方向性を与えるものです。ライフ・ヴァリューに基づいた行動は、ただ一度行えば終わりというものではなく、継続して行うことが求められます。それによって私たちは、自己の内面的な成長を続け、深い充実感を感じることができます。

ライフ・ヴァリューは、北極星のような存在とも言えます。私たちは決してその場所に到達することはないかもしれませんが、常にその方向を目指して歩み続けることが大切です。このような生き方をすることで、私たちの人生はより活き活きとし、日々の行動に充実感を感じられるようになります。また、ライフ・ヴァリューに向かって生きることは、人生において困難や苦難に直面した際にも大きな支えとなります。たとえ目標が達成できなくとも、その過程での努力や行動こそが意味を持ち、私たちを成長させてくれます。

ゴールとライフ・ヴァリューの違い

具体的なゴールを達成することももちろん重要ですが、それだけでは人生の深い満足感を得ることは難しいかもしれません。ライフ・ヴァリューに沿った生き方を意識することで、どんな状況においても自分の生きる意味を感じながら前進することができます。例えば、困難な状況に直面したときでも、「他者に尽くす」「思いやりを持つ」などのライフ・ヴァリューを思い出し、それに基づいて行動することで、困難な状況に対しても前向きに取り組むことができます。

ライフ・ヴァリューと社会とのつながり

ライフ・ヴァリューはまた、私たちが他者との関係を深め、社会とのつながりを感じるためにも重要な指針となります。ライフ・ヴァリューを基にした行動は、周囲の人々にポジティブな影響を与え、他者との共感や理解を育むことにもつながります。これにより、個人としての充実感だけでなく、社会の一員としての意識も高めることができます。人は誰しも社会的な存在であり、他者とのつながりを持ちながら生きることで、より豊かな人生を送ることができるのです。

終わりのない旅としてのライフ・ヴァリュー

このように、価値ある人生とは、常に自分のライフ・ヴァリューに沿った行動を取り続けることであり、それが生きることに深い意味と充実感をもたらします。ライフ・ヴァリューは終わりのない旅路であり、その道のりを進むことこそが、人生にとっての本当の価値なのです。その過程においては、苦しみや困難も避けられないかもしれませんが、それらさえもライフ・ヴァリューに基づいた生き方の一部として受け入れることができるのです。そして、その道を歩み続けることで、私たちは本当に価値ある人生を築いていくことができるのです。

苦痛を苦悩に変えない生き方

苦しみは自分が作り出している

多くの人が感じている「苦しみ」とは何でしょうか。それは、もしかすると私たち自身が作り出しているものかもしれません。私たちは、日々の出来事に対して解釈を加え、その解釈が感情を生み出し、時にはそれが苦痛をもたらします。しかし、その苦痛をさらに「苦悩」にまで拡大させているのも、実は私たちの思考や感情に対する執着です。

本来、この世界にはただ「モノ」が存在し、その「もの」が動いているだけです。しかし、私たちはその「モノ」に対して意味を与え、解釈を行い、その結果、さまざまな感情を生み出します。ある出来事に対して、苦しいと感じるのは、その出来事そのものが苦しみをもたらしているわけではなく、私たちの解釈によってそう感じているのです。

苦痛は避けられないが、苦悩に変える必要はない

仏教の教えには「四苦八苦」という言葉があります。生老病死や愛別離苦など、私たちが避けて通れない苦痛が人生には存在します。しかし、重要なのはその苦痛をどのように受け止めるかです。苦痛を苦痛として感じることは自然なことですが、その苦痛を「苦悩」にまで引き上げてしまう必要はありません。

「苦痛」とは、例えば身体的な痛みや感情的な辛さのことです。しかし、「苦悩」とは、それに対して私たちが自ら作り出す二次的な反応です。苦痛が存在すること自体は避けられない現実であり、それを問題視するのではなく、苦痛を苦悩に変えてしまい、身動きが取れなくなることこそが本当の問題なのです。

思考や感情をただの「思考や感情」として捉える

実際、私たちが感じている思考や感情は単なる反応に過ぎません。それは、出来事そのもの、つまり「事実」とは異なるものであり、私たちが後から付け加えた意味合いに過ぎないのです。このことを訓練によって理解し、思考や感情に振り回されないことが、自由で活き活きとした人生への第一歩です。

思考や感情をただの「思考や感情」として認識することで、どのような破滅的な考えが頭に浮かんでも、それが現実を決定づけるわけではないと気づくことができます。たとえ不安や恐れ、絶望のような感情が湧いてきたとしても、それとは関係なく、自分の価値に基づいた行動を選択することが可能です。このようにして、自分の人生をより価値ある方向に導くことができます。

活き活きと生きるために

活き活きと生きるとは、自分の思考や感情にとらわれず、価値に基づいた行動を取ることです。私たちは、自分自身の内面にある無意味な解釈や執着から解放され、より自由に行動することを目指すべきです。そして、そのためには訓練が必要です。

私たちは、その訓練と方法を提供することを目指しています。思考や感情に対する距離を持ち、それを現実と混同しないようにすること。そして、自分にとって価値ある方向に向かって進む力を育むこと。それが、苦しみから解放され、活き活きとした人生を送るための道です。

どんなに苦痛が伴う状況でも、それを苦悩に変えず、価値ある人生を歩むための道を一緒に模索していきましょう。

不安を手放し、今を生きる方法

多くの人が苦しみ続ける理由は、思考や感情が脳内で作り出された妄想(現実には存在しないもの)であるという事実を理解していないからです。人々は、思考や感情を実体のあるものと信じ込み、それに振り回されることで、無意味な苦悩を生み出しています。

苦しみ続ける人の特徴として、以下の点が挙げられます。

思考や感情をコントロールできない
人は思考や感情を直接コントロールすることはできません。例えば、「赤い象について考えないでください」と言われても、赤い象について考えてしまいます。同様に、不安や恐怖などの感情を無理に消そうとしても、それは逆効果です。コントロールできないものをコントロールしようとすることでもがき、苦しみが生じます。コントロールできないものは完全に受け入れる(アクセプタンス)しかありませんが、それには訓練が必要です。

思考の現状維持作用
思考は現状を維持しようとする働きを持っています。これは、未知なるものに対する不安や恐怖から、現状にしがみつきたいという心理が働くためです。そのため、たとえ現状が苦しくても、変化を恐れ、行動を起こせない人が多くいます。この現状維持の傾向は、思考が安全を求めるための本能的な反応であり、特に不確実な未来に対する恐怖が強い場合に顕著に表れます。また、変化に伴うリスクを避けようとするあまり、現状の問題に目をつぶり、そのままの状態に安住しようとする傾向もあります。現状を変えるためには、この現状維持の働きに気づき、それを乗り越える意志と行動力を持つことが重要です。変化は恐れを伴いますが、それを受け入れることで、より良い未来へと進む可能性が開けるのです。

我執へのこだわり
人は「私」という存在にこだわり、それを守ろうとします。しかし、「私」とは実体のない、脳が作り出した妄想に過ぎません。「私」という幻想に固執することで、人は不必要な苦しみを生み出しているのです。

死への恐怖
多くの人は死に対して恐怖を抱き、そこから目を背けようとします。しかし、死は誰にも避けられないものです。死を直視し、受け入れることで、人はより良く生きることができるようになります。

私たちは、これらの問題を克服し、「ニューヒューマン」として生きるための方法を提案しています。

思考や感情との分離(デフュージョン)
思考や感情が現実ではなく、単なる妄想であることに気づくこと。

アクセプタンス(完全受容)
思考や感情を否定したり、コントロールしようとせず、ありのままを受け入れること。

「今、ここ」に意識を向ける
過去の後悔や未来への不安にとらわれず、「今、ここ」に集中すること。

自他同一の意識
「私」という枠組みを超え、全てのものと繋がっているという意識を持つこと。この意識を持つことで、他者との共感や理解が深まり、個々の存在を超えて全体の一部としての自分を感じることができます。自分と他者との区別を和らげ、互いの存在を尊重しながら、全てのものが繋がっているという感覚を育むことが重要です。これにより、孤立感が減少し、より深い安心感や調和を感じることができるようになります。

これらの方法を実践することで、人は苦しみから解放され、より自由で、活き活きとした人生を送ることができるようになるでしょう。

私たちのテキスト「愚かなサルどもへ」に書かれていること

「愚かなサルどもへ」は、私たちのテキストであり、思想的な中心的存在です。

この文書は、妄想や幻想に囚われた人間たち(愚かなサル)に向けて、自我を超えて生きる方法を説いています。具体的には、脳が生み出す思考や感情はすべて幻想であり、それに囚われないことを重要視しています​​。

この文書の目的は、妄想や幻想に左右されない「ニューヒューマン」となるための道を示すことです。
私たちの目標は、物理的に不可能なこと以外はすべて可能であり、自らの限界を打ち破り、自由に行動し、社会に貢献することです。
さらに、宇宙との一体感やワンネスの実践を通じて、自己と他者の区別を超えた理解を促します​。

「愚かなサルどもへ」では、思考や感情の妄想性を指摘し、脳内に浮かぶものに反応せず、行動を重視することが説かれています。
これにより、従来の価値観や信念から自由になり、科学的根拠に基づく新たな生き方を追求することが求められています​​。

愚かなサルどもからニューヒューマンへ

現在の人類、つまり「愚かなサルども」は、まるでがん細胞のように地球を蝕んでいます。彼らは互いに争い、他の生物を絶滅に追いやり、資源を浪費し、環境を汚染しています。自分たちが地球を支配しているかのように振る舞い、どこに存在しても破壊と汚染をもたらしているのです。

この行動は、宿主である地球をも滅ぼすがん細胞と同じです。もしこの見方に疑問を持つならば、歴史を振り返ってみてください。平和な時代よりも、戦争と破壊の時代の方が長く続いています。人類がいなくても地球は問題なく存続していけるのに、愚かなサルどもがいることで、地球全体が危機に瀕しているのです。

私たちは、この状況を変えるために「ニューヒューマン」という新しい存在を提唱しています。ニューヒューマンは、愚かなサルどものようにエゴや欲望に振り回されることなく、地球との調和を大切にする人々です。彼らは、自分が宇宙の一部であり、地球、動物、他の生命と深く繋がっていることを理解しています。このワンネスの感覚を持つことで、ニューヒューマンは地球と共に生き、動物とも共生する存在を目指します​​。

私たちの団体は、このニューヒューマンを育てることを目的としています。そのために、さまざまな練習や実践を通じて、会員がニューヒューマンとしての資質を身につけられるようサポートしています。特にマインドフルネスを通じて、会員は自分の思考や感情を冷静に観察し、無駄なエゴや妄想に振り回されずに行動する力を養います。このプロセスを通じて、私たちは地球や動物、そして他の生命との一体感を育み、共に生きる方法を学んでいきます​​。

愚かなサルどもは、物質的な欲望や短期的な利益を優先し、その結果、環境や生態系を破壊し続けます。しかし、ニューヒューマンは異なります。彼らは、地球や動物、他の生命との繋がりを大切にし、日々「役に立つ行動」を選び取ることを重視します。ニューヒューマンにとって、個人のエゴや欲望を超えた行動こそが、より大きな調和と未来に貢献する鍵なのです。

私たちのテキスト「愚かなサルどもへ」の概要

心と人生の自由を取り戻すためのガイド:科学に基づいた自己変革への道

第一部:幻想に生きるサルたち

1. 幸せの妄想:永遠の幸せという幻想

  • 人間の求める「永遠の幸せ」は、実際には存在しない妄想であることを解説する。
  • 不安、恐怖、不幸は人生につきものであり、完全に排除することは不可能であることを説明する。
  • 真の幸福とは、これらの苦しみをなくすことではなく、それらに対する不必要な苦悩を減らすことであると定義する。

2. 世界の真実:モノと解釈

  • 世界は「モノがあって、モノが動いているだけ」というシンプルな事実と、人間が脳内で作り出す解釈によって構成されていることを説明する。
  • 好き嫌い、優劣などの価値観は、脳内だけで作られた妄想であり、客観的な事実ではないことを強調する。
  • 人間の苦しみは、苦痛そのものではなく、苦痛に対する脳内の解釈である「苦悩」から生じることを説明する。

3. 死刑囚として生きる:死と向き合い、今を生きる

  • 人間は「いつ執行されるか分からない死刑囚」と同じであり、死は避けられない事実であることを明確にする。
  • 死を意識することによって、人生の有限性を自覚し、残された時間を有意義に生きることの重要性を説く。
  • 死についての瞑想などを通じて、死への恐怖を克服し、今を力強く生きるための方法を探求する。

4. 科学という武器:苦悩からの脱出

  • 最新の心理学、脳神経科学に基づいた手法を用いることで、苦悩から抜け出す方法を学ぶことができることを提示する。
  • 感情や思考のメカニズムを理解し、それらをコントロールするための具体的な方法論を探求する。

第二部:思考の牢獄からの脱出

5. 実体と妄想:色付きサングラスを外す

  • 人間の脳は、外部からの刺激に対して無意識に解釈を加え、思考や感情を生み出すことを解説する。
  • 私たちは、世界の真実ではなく、脳が作り出した解釈というフィルターを通して世界を見ていることを示す。
  • 「嫌な人」「つらいこと」といった評価は、客観的な事実ではなく、個人の脳内だけで作られた妄想であることを認識する。

6. 妄想に支配される行動:一人お化け屋敷の滑稽さ

  • 思考や感情といった妄想に支配され、現実の世界で不必要な行動をとってしまう人間の姿を「一人お化け屋敷」に例える。
  • 妄想と現実を区別し、妄想に振り回されずに、より自由な行動を選択することの重要性を説く。

7. 幸せの正体:苦痛のない状態は存在しない

  • 多くの人が求める「幸せな状態」、つまり苦しみや悩みがない状態は現実には存在しないことを明確にする。
  • 死、病気、老い、別れといった苦痛は、人生に不可欠な要素であり、完全に避けることはできないことを示す。
  • 真の幸福とは、これらの苦痛をなくすことではなく、苦痛に対する解釈、つまり「苦悩」を減らすことであると再定義する。

8. マインドフルネス:思考の波に乗る

  • マインドフルネスとは、「今、ここ」に意識を集中させ、思考や感情を客観的に観察することによって、妄想に飲み込まれないようにする技術であることを説明する。
  • 思考や感情に抵抗したり、コントロールしようとせず、それらをあるがままに受け入れる「アクセプタンス」の重要性を説く。

9. 思考という名のラジオ:番組を止めずに、行動を選択する

  • 人間の思考は、コントロールできないラジオ番組のように、流れ続けることを例える。
  • ネガティブな思考に囚われるのではなく、思考を客観的に観察し、行動を選択する自由を持つことを強調する。

10. フュージョンという罠:思考と距離を置く

  • 「フュージョン」とは、思考や感情と一体化し、それらを客観的に見ることができなくなる状態を指す。
  • 「デフュージョン」とは、思考や感情から距離を置き、それらを客観的に観察することによって、フュージョン状態から抜け出す技術であることを解説する。

11. 思考の正体:ことばの檻から抜け出す

  • 思考は、脳内で作られた「ことば」によって構成されており、実体を持たないことを説明する。
  • 「りんご」といった言葉一つとっても、人によって異なるイメージや感情が喚起されるように、思考は主観的な解釈に過ぎないことを示す。
  • 思考に囚われず、現実をより客観的に捉えることの重要性を説く。

12. 理由づけのワナ:行動を正当化する言い訳

  • 人は、自分の行動を正当化するために、様々な理由づけを無意識に行っていることを指摘する。
  • 「雨が降っているから」「お金がないから」といった理由づけは、行動を制限する言い訳に過ぎないことが多いことを示す。
  • 思考に囚われず、行動を起こすことを阻むものは、実際には何もないことを認識する。

13. コントロールできないもの:執着を手放す

  • 他人の思考や感情、未来、過去といった、私たちがコントロールできないものに執着することの無意味さを説明する。
  • 「べき思考」や「人の気持ちを理解しようとすること」といった、コントロールできないものに執着することで、苦悩を生み出すことを示す。
  • コントロールできないものを手放し、「今、ここ」に集中することの重要性を説く。

14. 概念への執着:ことばの幻想を見抜く

  • 「幸せ」「成功」「正義」といった、ことばだけで存在する概念に執着することの危険性を指摘する。
  • 概念は、人によって解釈が異なり、客観的な基準がないにもかかわらず、あたかも絶対的な基準のように扱われることが多いことを示す。
  • 概念に囚われず、現実をより柔軟に捉えることの重要性を説く。

15. 「私」という幻想:脳が作り出す物語

  • 私たちが「私」と認識しているものは、脳が作り出した錯覚に過ぎない可能性を提示する。
  • 最新の脳科学の研究成果を紹介し、「自由意志」や「自我」といった概念が、実は脳の活動によって後付けで生み出されている可能性を説明する。
  • 「私」という概念に固執することなく、より自由な視点を持つことの重要性を説く。

第三部:ニューヒューマンへの進化

16. 万物の一体性:全ては繋がっている

  • 「私」という個別の存在は幻想であり、全てのものは原子レベルで繋がっているという「万物の一体性」の概念を説明する。
  • 「自他同一」の感覚を育むことによって、他者への共感や慈しみの心を育み、争いのない世界の実現を目指す。

17. ニューヒューマン:新しいOSをインストールする

  • 従来の人間の行動原理である「OS」をアップデートし、新しい価値観、思考パターンを持つ「ニューヒューマン」への進化を促す。
  • 科学的思考を基盤に、妄想に囚われず、現実をありのままに受け入れる力を身につけることを目指す。

18. 科学という羅針盤:オカルトや迷信から脱却する

  • 科学的に証明されていないオカルトや迷信に頼ることなく、理性的な判断力と批判的思考力を養うことの重要性を強調する。
  • 科学的根拠に基づいた情報を選択し、自らの行動指針とすることを推奨する。

19. ライフ・ヴァリュー:北極星を探す旅

  • 「ライフ・ヴァリュー」とは、人生における羅針盤となる、個人が本当に大切にしたい価値観や生きる目的を指す。
  • 「愛」「成功」「幸せ」といった抽象的な概念ではなく、「他者を助ける」「新しい技術を生み出す」といった具体的な行動目標として設定することが重要であると説明する。

20. どうでもいい:執着から解放される

  • 「どうでもいい」という態度は、周囲の出来事に過剰に反応したり、コントロールしようと執着することを手放し、心の平静を保つために有効であることを示す。
  • 「どうでもいい」という言葉を、無関心や諦めとは異なる意味で捉え、状況をありのままに受け入れることを推奨する。

21. ニューヒューマンの広がり:がん細胞を正常化する

  • ニューヒューマンが増えることによって、世界から争いや苦悩が減り、より平和で調和のとれた社会が実現すると展望する。
  • 従来の思考パターンを持つ人々を「がん細胞」に例え、ニューヒューマンへの進化を促すことで、人類全体の意識改革を促すことを目指す。