避けられない苦痛

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最近、近しい人が亡くなりました。

病気で肉体的にも精神的にも苦しみ、緩和ケアを勧める医師に対して、

「頑張る」

と言って、最後まで病気と闘い続けました。

普段は距離が近すぎで、いつもそこにいて当たり前の人でも、

命に関わる病気になると、その人の重要性がとてつもなく分かるものです。

この人のために何ができるのか、

できることをあらゆる手段を使って何とかしよう、と思いました。

ついに亡くなってしまうと、人生の空間の一部がなくなってしまうような喪失感に襲われます。

葬儀の時、坊主は

「人は必ず死ぬものである。

誰もが等しく死を体験するものである。

病と闘い、今はその苦しみから、安らかな・・・」

と言っていたのが印象的でした。

当たり前のことですが、私たちは誰でも死ぬべき存在なのです。

生きている私たちは、自分の死をとても怖く思うため、

ずっと先に死ぬものと勝手に決めてかかっています。

考えてみれば、人生には多くの苦痛があります。

苦痛は、精神的にも肉体的にもとても痛いものです。

いつ飛んできて刺さるかも知れない矢のようなものです。

そして、その矢である苦痛は避けられないものであります。

確実に当たってしまいます。

人の死、自分の死はいつやってくるとも分からず、

病も年老いることも、人と別れることも、とても痛いものなのです。

避けることができない苦痛を避けようと努力すると、必ず苦悩が出てきます。

苦悩とは、苦痛であることを苦痛に思うことなのです。

たとえば、

死や病を恐れて、それを苦痛に思うこと、

まだ来てもいない未来の出来事を考えて苦痛に思うこと、

すでに終わってしまった過去の出来事を思い苦痛に思うこと、

人が出会えば必ず別れるのに、しかし、まだ別れてもいないときから、別れないように不安になって苦痛に思うこと、

いくらでも私たちは苦悩を探すことができます。

しかし、苦痛は避けられないにしても、苦悩は減じることはできます。

どんな感情の嵐のまっただ中にいても、心は静寂を保つこともできます。

死は最大の苦痛であり、その死から来し方をあらためて眺めてみると、さまざまな気づき、

人生を変えるくらいの気づきすらあるでしょう。

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