評価も単なる評価。事実と異なる。

人が体験すること、行うこと、考えることはほとんどすべてに、ある種の評価や判断がついて回ります。
良いか悪いか、正しいか間違っているか、幸せか悲しいか。

たとえば、心の健康は、感情的・心理的な苦痛はただの苦痛ではなく「悪い」苦痛であるということに基づいています。
あなたはこの評価するという習慣を、周囲のほとんどの出来事に対してと同様に、反射的にいともたやすく自分自身や自分の個人的な体験に用いてしまいます。

体験を評価することは、現実の評価であって現実そのものではないとあなたが認識しているのなら、そうすることには何の問題もありません。

なぜなら、あるものを「良い」という評価をする人もいれば、「悪い」と評価する人もいます。
人が何をどのように評価しようと、事実そのものが評価とともに変化するわけではないのです。
つまり、「悪い」と評価している自分がいるだけであって、「悪い」と評価したとたん、そのものが何か悪いものになるわけでもないのです。

別の言い方をすれば、アヒルの子は「醜い」とも「かわいい」とも呼べますが、それでもアヒルの子がアヒルであるという
ことに変わりはありません。

これは重要なポイントで、私たちのセミナーのなかでくり返し取り上げていきます。

あなたの体験を評価することで、体験そのものに何かが付け加わるようなことはほとんどありません。

否定的な評価を鵜呑みにして不必要にあおれば、自分の苦悩を不必要にかき立てていることが多いのです。

私たちが自分自身や自分の体験を否定的に、醜い、壊れた、しくじった、弱い、価値がない、愚かな、頭がおかしい、ばかげたなどと評価すると、ただ自分が傷つくだけです。

あなたは次々と浮かぶ評価をコントロールできないかもしれませんが、評価をあおるか否かは選択できます。

私たちは、評価を単に評価として眺め、評価をあおらない方法を学んでもらうことにしているのです。

おもしろいでしょう?

心と人生の自由を取り戻す
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