「私」は誰? その1

私について説明してください、というと何か哲学的な感じさえします。
そして、実際にこのようなことに私たち人は考えをめぐらせてきました。

特に、大きな苦悩にうち沈んでいる時、「自分って一体何だろう」と思ってしまうものです。

「○○市で生まれ、今、○○に住んでいる」
「男である」
「名前は○○である」
「性格は○○である」
「家族は○人で、両親は健在である」
「勤めているところは○○である」

こんなことを「私」の説明にするかもしれません。

でも、よく考えてください。
それぞれは「私」の局面の説明であって、「私」そのものの説明ではないのです。

一体、私って何でしょう・・・・

少し話はそれますが(とは言っても本質をお話ししているつもりですが)

「不安がいっぱいな私」
「生きる価値のない私」
「いつも失敗ばかりして、迷惑をかけている私」

このようにネガティブに私を表現している時、あなたは思考が与えるモノをそのまま信じてしまっている状態なのです。

では、次のようにイメージしてください。

突然、奇跡が起きて、あなたの過去や今の状況は何も変わらないまま、問題だけがいつもの生活から、すっかり消えました。

たとえば、あなたが「私はこういう人間だ」という質問に対して、「対人恐怖だ」と書いたとしましょう。

ある日突然、対人恐怖がなくなります。

それ以外の過去や今の状況は以前と同じです。

あなたは、別人になることもなく、あなたのままです。

では、その状況で、次の質問を自分に尋ねてみましょう。

その問題がすっかりなくなることで、誰か困る人はいますか?

あなたにとって、この質問が意味をなさなければ、2、3分考えてみて、もう一度、次の質問を自分にしてみてください。

問題に関わっていたのは、誰?

わかりましたか?

自分という人間に対するラベルや物語、理由づけを正当化していたのは、あなた自身だったのです(それがすべてではありませんが)。

どんなにそのラベルを憎んでいたとしても(たとえば、自分が対人恐怖であることを憎んでいたとしても)、自分自身やそのふるまいとラベルとを同一視し、それにこだわるかぎり、結局、あなたはその嫌いなラベルに投資をしてしまっているのです。
投資をするというのは、そのラベルにどんどんエネルギーを与えている状態のことです。

しかも、あなたのふるまいや状況が、そのラベルと矛盾しない場合、それは正しいことになります。

これは何を意味するのでしょうか?

マインドは、「正しいこと」をしながら、それによって、あなたの「心に余裕がなくなる」「人生の制限」をいっそう、強めているのです。

これは皮肉なことです。

「私は○○だ」と自分をことばでラベリングすることの問題は、次の点にあります。
それは、一度、自分に決まったラベルを貼ってしまうと、その見方を維持するために、世界を歪めて見るようになるということです。

ポジティブな側面であれ、ネガティブな側面であれ、それは同じです。
たとえば、「自分の好きなところは?」という質問に、「親切であること」と答えたとしましょう。
そのことに問題はありません。

でも、あなたはいつも親切ですか?
どこでも?
誰に対しても……?

人間は複雑なものです。

「私は○○だ」というとき、真実を伝えきることはできません。
間違いなく、あなたが○○でないときがあります。
○○がポジティブか、ネガティブかは関係ありません。

「私は不安の強い人間だ」と思ったとしても、少なくとも一瞬は、不安ではないときを思い浮かべることができるでしょう。

○○は100%正しいわけではないと気づいたとき、あなたはどのように感じるでしょうか?

たいていの人は、そのようなことに気づくことで動揺してしまいます。

そうした動揺は、ただ単に「誤って」いる(事実ではない)ということから生じるものではありません。
それは、自分が何者かを知りたいという欲求によっても、生み出されるものです。
つまり、私は○○でなければ、一体何なのか、と。

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