人の心は分からない
こんなこと言ったら、とんでもないやつだと言われそうです。
人の心が分からないなんて、おまえはどうかしている。
人の痛みが分かる人にどうしてなれないのだ。
と怒られそうです。
ついには、
おまえは人間として失格だ
と人格否定までされそうです。
ところで、本当に人の心は分かるのでしょうか?
たとえば、生まれつき「赤」が「青」に見える人がいたとして、りんごを見たとき、
その人が「赤」を見ているとどうして分かるのでしょうか?
なぜなら、その人にとっては「赤」が「青」だからです。
そして、人は、他人を体験することができません。
その人の体験はその人でないと分からないものなのですから。
有名な「箱の中のカブトムシの思考実験」があります。
『ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインによって提案されたこの思考実験は、まず数人の人が集まったグループを思い浮かべます。グループの各人はカブトムシが入った箱を渡されますが、誰もカブトムシがどのような形をしているか知りません。また、それぞれの箱には違う形のカブトムシが入っており、他のグループメンバーには、自分の箱に入っているカブトムシについてのみ話せます。ですので、グループ内のメンバーが得たカブトムシの情報はそれぞれ違っており、彼らにとってカブトムシは、単に「箱の中に入っている物」を示します。
この思考実験は、カブトムシは人間の心に似ており、他の人間の心は当人にしか知り得ず、他人は何を考えているか予測できないものである、ということを示しています。他人が経験していることを視認できても、心の中で経験に対してどのように感じているか、などは全くわかりません。』
というものです。
もし、人の心が分かるのならば、争いや誤解というものもないでしょう。
事実は、同じ経験をしても、楽しい人、つらい人、何とも思わない人など、さまざまな思考や感情を人は持ちます。
このように人の心の中身が分からないからこそ、態度や言葉遣い、表情などでその人の心を推測するのです。
しかし、心を推測したところで、感情というものは瞬間瞬間のものですし、当人にもはっきり分からないとらえどころがないものです。
つまりは、分からないものを分かろうとすると、さまざまな苦しみになるのです。
「あの人はどう考えているのだろう」
「ここにあるメールの意味は何なのだろう」
「どうしてこんなことを言うのだろう」
いくら考えても分かりません。
推測が当たることもありますし、外れることもあります。
推測は、相手の気持ちや考えを観察したものではなく、自分の思考(物事に対する解釈。相手の言葉の解釈。メールの意味の解釈。行動の解釈)に対して反応しているだけなのです。
苦悩というものは、現実にはコントロールできないもの、自分ではどうしようもないものをそれでも何とかコントロールしようとする、現実否定の上に成り立っています。
「人の心は分からない」
これを前提として、行動に対する対応を選択するほうが、遙かに役立つ生き方かもしれないですね。
そうそう、人の心は分からなくても、推測はできる場合がありますから、もちろん配慮する必要はありますね。
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そこには具体的にどうすればよいのか、という実践や人生の価値を見つける方法などが書かれています。
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