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気をつけた方がいい口癖
Vd.s.事務局の保田です。
今日は気をつけた方がいい口癖について書いてみます。
気をつけた方がいい口癖の一つに「でも」という言葉があります。
無意識につい言ってしまう言葉ですよね。
気持ちはわかるんですが、この言葉が口癖の人は相手を不快にさせている可能性があります。
なぜなら「でも」という言葉は否定や反論する時によく使われる言葉だからです。
「でも」と聞いた相手は、何か反論されたり、否定されると感じてしまいます。
もし、何かを言うたびに「違うよ」と否定されたら、あたなはどう思いますか?
きっと嫌な気持ちになると思います。
ですから、「でも」と言ってしまう口癖のある人は、「でも」と言う前に相手を肯定する癖をつけてください。
「イエス・バット法」と言われている手法です。
これは、まずは相手の意見を尊重して受け入れてから、反対の意見をいうことで、否定しても相手に不快感を与えづらくなる方法なのです。
以前、僕は後輩が離婚の危機にあるときに相談を受けた時の話なのですが、
野球が趣味で、趣味の野球以外は休みの日は外出したくない僕の後輩と、
いろんなことに興味をもち、いろんなことにチャレンジしたいアクティブな嫁なのですが、
ある日、大きな喧嘩に発展しました。(喧嘩はしょっちゅうしてます)
嫁さんが突然、「スキューバーダイビングがしたい」と言い出したそうです。
興味のない旦那である僕の後輩は、「バカじゃないの?」と話も聞かずに否定しました。
これが原因で大きな喧嘩になり、嫁が実家に帰ってしまったのです。
この相談を受けた僕が言ったのが、
「まず、相手を認めてから否定をしなさい。」
です。
「スキューバーダイビングやりたい」と言われたら、
まず、
「スキューバーダイビング楽しそうだね!世界観が変わるとか言うもんね!」
と肯定してから、
「でも、いろいろとお金もかかるし、まとまった休みもいるから、今は現実的に厳しいかもね。」
とやんわり断りなさい。
そして、嫁は本当に行きたいんではなくて、話がしたいだけだから、いきなり否定するんじゃなくて、話を聞いてあげなさい。
とアドバイスしました。
このあと、なんとか離婚の危機から脱出することができました。
どんな人でも、否定されると嫌な感じがしてしまいます。
そして、どんな人でも「認められたい」という気持ちをもっています。
ですから、いきなり「でも」と言わずに、まずは相手の話を受け入れましょう。
これは、仕事でも恋愛でも友人との会話でも同じです。
特に、プライドの高い年上の人とのやり取りには最適です。
みなさん少し意識してみてくださいね。
人生の自由を取り戻す V.d.s.
ホームページ: https://v-d-s.net/
そんなことできるもんか
「あなたがこれまでしてきたことを続けるならば、これまで手にしたものしか得られないでしょう!」
つまり、これまでと違う結果を得るためには、これまでしてきたこととかなり違うことをする必要があるのです。
この日記やブログを読んだだけで、何かがすぐにできるわけではありません。
これを読むと、たくさんの思考が囁くでしょう。
その内容は、どれも聞いたものばかりです。
「そんなことできるもんか」
「誰もがそんなことできない」
「そんなことできるなら、こんなに悩んでいない」
という、もっともらしい言葉を信じるならば、あなたは聞違いなく、いつも手にしているものをあいかわらず手にしつづけるはずです。
なぜなら、いつもこの言葉を聞き、つぶやき、そうして、同じことを繰り返してきたのですから。
「できない」のではなく、「しない」理由づけをそのまま信じてきたのですから。
感情や思考は、直接はコントロールできませんが、行動はコントロールできます。
どんなにイヤなことでも、イヤだと思いながら行動はできるでしょう。
ところが、行動できない理由に、イヤだ、というものを持ってくると、イヤだからできない、というでしょう。
もし、その行動をしなければ死刑だと言われれば、イヤでもするでしょう。
気分が滅入っているから、外に出ることができないと思っていたとしても、家に火がつくと外に出て行くでしょう。
このように、感情や思考が行動の障害になることは、あり得ないのです。
けれど、片足の人は両足で走ることは物理的に不可能なのです。
物理的に不可能なことは、それは事実として不可能なのです。
イヤだと思いながら何かをするのは誠意がない、とそんなことを言う人もいます。
でもよく考えてください。
思っていることと、行動を一致させなければならないとすると、今頃はあなたはどこにいるでしょうか?
殴りたい、殺したい、と思うとあなたはそうしなければならないことになります。
けれど、今、ここにあなたがいるということは、心でどんなに思ったとしても、思考とは別に行動をコントロールできているということです。
思いは思い、事実は事実、感情は感情、行動は行動にすぎないのです。
これらは一つのスキルですから、体験的に学ぶことによって素早く身につけてゆくことができます。
覚えておいてほしいことがあります。
変化は怖いもので、同時に活力あふれるものでしょう。
変化にはある程度のリスクが伴うものです。
それでも、同じことをさらに続けるリスクのほうが、もっと恐ろしいものでしょう。
何か新しいものを手に入れるために、私たちはみな何か新しいことをする必要があります。
じつにシンプルなことです。
そしてそれは、あなたが選択し、コミット(本気で関わる)することで始まります。
不安や絶望、劣等感、無力感などの苦悩に対して別の行動をとれば、得られるものは多く、失うものは何もありません。
心と人生の自由を取り戻す
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評価も単なる評価。事実と異なる。
人が体験すること、行うこと、考えることはほとんどすべてに、ある種の評価や判断がついて回ります。
良いか悪いか、正しいか間違っているか、幸せか悲しいか。
たとえば、心の健康は、感情的・心理的な苦痛はただの苦痛ではなく「悪い」苦痛であるということに基づいています。
あなたはこの評価するという習慣を、周囲のほとんどの出来事に対してと同様に、反射的にいともたやすく自分自身や自分の個人的な体験に用いてしまいます。
体験を評価することは、現実の評価であって現実そのものではないとあなたが認識しているのなら、そうすることには何の問題もありません。
なぜなら、あるものを「良い」という評価をする人もいれば、「悪い」と評価する人もいます。
人が何をどのように評価しようと、事実そのものが評価とともに変化するわけではないのです。
つまり、「悪い」と評価している自分がいるだけであって、「悪い」と評価したとたん、そのものが何か悪いものになるわけでもないのです。
別の言い方をすれば、アヒルの子は「醜い」とも「かわいい」とも呼べますが、それでもアヒルの子がアヒルであるという
ことに変わりはありません。
これは重要なポイントで、私たちのセミナーのなかでくり返し取り上げていきます。
あなたの体験を評価することで、体験そのものに何かが付け加わるようなことはほとんどありません。
否定的な評価を鵜呑みにして不必要にあおれば、自分の苦悩を不必要にかき立てていることが多いのです。
私たちが自分自身や自分の体験を否定的に、醜い、壊れた、しくじった、弱い、価値がない、愚かな、頭がおかしい、ばかげたなどと評価すると、ただ自分が傷つくだけです。
あなたは次々と浮かぶ評価をコントロールできないかもしれませんが、評価をあおるか否かは選択できます。
私たちは、評価を単に評価として眺め、評価をあおらない方法を学んでもらうことにしているのです。
おもしろいでしょう?
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自分の価値を高めるコツ
V.d.s.事務局の保田です。
今日は、自分の価値を高めるコツについて書きます。
他の人から、自分の価値を高めるためのコツがあります。
それは、他の人を褒めることです。
内面でも、外見でも、持っている持ち物でもなんでもいいです。
これだけで、あなた自身が輝いて見えます。
たまに、他の人を褒めると自分の価値が下がると感じて、他の人の悪口を言って他の人を落とし、自分を高めようとする人がいますが、そんな事をしていると、どんどん自分の価値は下がっていきます。
ずっと他の人の悪口を言っている人なんて嫌ですよね。
そして、他の人を褒めることが出来るということは、他の人のいい所に気付くことが出来る観察力と、心の余裕がある証拠でもあります。
ですから、どんな所でもいいので、深く考えずに褒めてみましょう。
持っている小物でも、服装でも、内面的な部分でもどこでもいいです。
いろんな人を褒める週間を付けることで、心に余裕のある、輝いた素敵な人になっていきましょうね。
是非、やってみてください。
言葉は言葉、思考は思考、事実は事実。
「不安」や「パニック」「自信のなさ」という言葉は、さまざまなことを連想させます。
こうした連想の中には、今まだ起きていない未来のことを、しかも特定のあり得ないような破滅的なことをあたかも、今あるかのように思ったり、人から笑われている信じていたり、馬鹿にされていると信じていたり、心臓発作を起こしたり、命を落としたり、気を失ったり、頭がおかしくなったり、自制心を失ったり、精神病院に運ばれたりというイメージが含まれます。
あなたのマインドはまたこうした連想に、「悪い」「危険」「弱い」「愚か」「恥ずかしい」などの評価を与えるでしょう。
こうした判断を下すレッテルもまたそれぞれに連想をもたらし、その多くはきわめて否定的なものなのです。
ここで重要なのは、「不安」「パニック」「自信のなさ」という言葉は本当の不安、パニック発作、自信のなさではなく、またこの言葉と結びつく連想や評価とも同じではないということです。
「不安」「パニック」「自信のなさ」という言葉は単なる言葉にすぎません。
「不快」「悪い」という評価もただの言葉なのです。
あなたには、これらを単に言葉として扱うという選択ができます。
また、言葉や連想、評価に対し、言葉以上のものとして対応することもできます。
言葉を言葉としてとらえることを通り越すと、自分のマインドの作り出した幻想を鵜呑みにすることになります。
思考は単なる思考にすぎないのに、鵜呑みにしてしまうと、危険なほど深刻な何かに変わります。
そうなってしまうと往々にして、あなたにとって役に立たない過去の行動パターン(思考や感情のコントロール、イヤだ悪いと評価したものからの逃避、回避など)に縛られてしまいます。
私たちはこれを「マインドの罠(マインド・トラップ)」と呼んでいます。
考えてみてください。
あなたが「不安」「パニック」「自信のなさ」という言葉やそれが連想させるものに対し、その言葉や連想があたかも現実であるかのように反応したら、どうなるでしょうか?
人目を避け、家に閉じこもるか、人の言葉や行動の端々からさまざまなことを推測して「そうに違いない」とかたくなに思い込み、攻撃的になったり自己嫌悪に陥ったり、あるいは横になって精神安定剤を飲み、心をなごませる音楽を聴き、医師か友だちか家族を呼ぶか、自己啓発本を読んで良くなった気になるか、または救急外来に駆け込むことになるかもしれません。
こんな時は、今、ここに、それらが現実にはないということです。
あなたの頭の中だけでの反応なのです。
要するに、あなたは言葉や連想に対して行動をもって反応するのです。
これが私たちの言う「思考を事実として信じてしまう」(フュージョン)というものです。
つまり言葉やイメージ、記憶<評価に対し、あなたが行動で反応することです。
あたかも自分のマインドの産物が、それが表すか関連する現実の出来事と同じものであるかのように反応してしまうのです。
フュージョンとは説明しにくく、まして頭で理解するのは難しい概念かもしれません。
そこで私たちはセミナーでの体験を通して、フュージョンについてあなたがもっと体験を通して理解できるようお手伝いをしていきます。
とりあえず今のところお願いしたいのは、不快な思考や感情にとらわれてフュージョンすることで、こうした思考や感情があおられると、不安という苦悩が作動し出すのだということを心に留めておいていただくことです。
ここでは、あなたの判断するマインドが働きますが、このようなとき、マインドはあなたの一番の味方ではありません。
自分のマインドがフュージョンへの道を野放しでたどるままにさせておくと、当然ながら、あなたの頭の中の厄介で否定的な情報に強く反応し、思考を過大に重視しがちになるでしょう。
そのあげく、あなたは行きづまってしまう恐れがあるのです。
私たちの方法は、おなじみのコントロールやそれに似たものではありません。
むしろ、ことごとくこれまであなたがやってきたものとは正反対のことでしょう。
私たちは、
「より良く生きるためには、まず、より良く考え、より良く感じる」
とは主張しません。
というのは、私の過去のブログや日記を見てもらえば分かるように、感情や思考はコントロールしたり、除去したりすることはできない上に、そうしようと格闘している間こそが「苦悩」といわれるものなのですから。
そして、同じ状況になるたびに同じことをすることこそ、役に立たないやり方なのですから。
こういうものは、実は、よけいに悩みを深めるのです。
つまり、「悪い」「不快」と評価した思考や感情を取り去ったりコントロールしたりしなければ、よく良く生きることができないと信じているからです。
つまりは、永遠により良く生きることはできないのです。
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