もし、友人が悲しみの中にいて、うちひしがれている時、
どうしようもなく不安を感じて、沈んでいる時、
自分をダメと決めつけて、落ち込んでいる時、
みなさんは友人に対して、どうするでしょうか。
きっと、悩みを聞いたり、励ましたり、勇気づけたり、あるいは何もできないけれど一緒にいてあげたり、そんなことをするでしょう。
そうすることによって、友人は落ち着きや現実を見つめる目、勇気、自信を取り戻すこともあるでしょう。
みなさんは優しい人ですから、友人に対してはきっとそうするでしょう。
あなたに何もできない時、言うことすらできない時でも、きっときっと優しい目で見守ることでしょう。
では、あなた自身がそうなった時、どうしていますか?
たぶん・・・
「自分はろくでなしだ」
「情けないやつだ」
「惨めなやつだ」
「なんて弱虫なんだ」
「死んでしまえばいいのに」
と、自分に言い続けていることでしょう。
それどころか、過去の経験のうち、この言葉に合う証拠や体験だけを拾い上げて、ますます「ダメだ」ということを証明していませんか?
もし、これを先ほどの友人にずっと耳元で囁いたら、どうなると思いますか?
友人のいいところはきれいにスルーして、惨めな状況のみを取り出して、「こんなこともあった、あんなこともあった」と証拠を突きつけたらどうなるでしょうか?
そう、あなたは、人に対しては励ましたり、安心させたりできても、自分に対しては、もっと絶望することを耳元どころか、頭の中で囁き続けているのです。
それも自動的にそうしてしまうのです。
たちが悪いことに、頭の中の囁きは、あたかも事実のように感じてしまうのです。
これでは、ますます惨めになってしまうばかりです。
私たち人は、他人に対しては許しや慈しみを持ったり、安心を与えたりはできても、自分に対しては、絶望や惨めさを与えてしまいがちなのです。
そんな時、自分を友人だと思って、その友人を慰めるように、自分を扱ってみたらどうでしょうか?
こういうことに気がつくのとつかないのとでは大きく違いますよね?