何人かの人たちがメッセージをくれたのですが、みなさんの話の趣旨は「あなたは不安や恐怖、嫌な思考は嫌だとは思わないのですか」というものでした。
ここで、お答えします。
そもそも、単なるイメージや記憶、思考、身体感覚の集まりである不安や恐怖に、ネガティブな評価を与えると、あたかもそれが身を滅ぼすかのような錯覚をし、取り去ろう、取り替えよう、修理しようとします。
しかし、思考や感情などは都合よくこのような取り去りなどができないことは、体験上、明らかでしょう。
不安や恐怖、悲しみなどは、それ自体は何の害もないのです。
なぜなら、私たちの人生には必ず現れるものですし、同時に楽しみ、活力に満ちた人生を体験できるからです。
不安や恐怖、悲しみなどがあるのは当たり前であり、これがノーマルな状態なのです。
しかし、不安や恐怖、悲しみが危険なものになるのは、それらを回避し、コントロールしようとする時です。
人生につきものの特定の部分をネガティブに評価し、回避、コントロールする時に初めて危険になるのです。
不安や恐怖、悲しみなどが少ないか多いかは問題ではなく、人生をそのような感情や思考に支配させてしまう時、危険となるのです。
人生を感情や思考に支配させてしまうと、もう自分の人生を生きることができず、自分の人生において本当に大切なことについてまであきらめたり、制限を加えたりするのです。
自分が何者であるか、自分の目的が何であるかについてまで、不安や恐怖、悲しみなどの思考や感情に決められ、それを甘んじて受け入れることになるのです。
朝、起きてイライラすると、イライラの対処をしようとします。
そして時間と努力が費やされます。
つかの間、それは成功することもあるでしょう。
しかし、同じ事態になると同じことをし続けるのです。
成功しない時、イライラに一日中支配され、八つ当たりしたり、閉じこもったりするのです。
一日は誰のものですか、あなたですか、感情や思考のものですか。
人生は誰のものですか、あなたですか、感情や思考のものですか。
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