人間関係にテクニックなど心理学を用いるなんて、とんでもない、という人も多いかと思います。
けれど、人と人がいるとき、必ずコミュニケーションが生まれますし、そこには意識的にしろ、無意識にしろ、善意にしろ、悪意にしろ「駆け引き」が出てきます。
その、最たるものが恋愛でしょう?
石井裕之さんがこんなことを言っています。
テクニックを用いることのどこが悪いのか・・・
たとえば、あなたが病気で入院し、手術が必要なとき、
① あなたを助けたい気持ちは世界一あるが、手術の技術はない
② あなたを助けたい気持ちは全くないが、手術のテクニックは世界一
どちらを選びますか?
間違いなく②を選ぶでしょう。
思うことより、行動が大切なのです。
確かに気持ちは大切でありますが、現実は、自分の気持ちは正確には相手には伝わらないものなのですし、相手の気持ちも正確には分からないものなのです。
相手に伝わった、相手の気持ちはこうに違いない、という思い込みがあるだけなのです。
思い込みの強い人は、「どうして私の気持ちや他人の気持ちが分からないんだ」と言います。
けれど、推測はできますが、本人の気持ちは本人でない限り分からないのです。
それを「分かる」「分かった」というのは、どだい無理な話なのです。
むしろ、「分からない」ということを前提に、相手をいたわり、思いやり、許す気持ちの方が大切なのではないでしょうか。
そうであるならば、心の中でどのように思おうが、行動は自由なはずです。
相手が分からないから、相手と違いがあるからこそ、相手を理解し、私を理解してもらおうとするのがテクニックなのです。
思うこと、思ってしまうことまで「悪意がある」と指摘し、さまざまなネガティブな評価をすることは、マイルールを人に拡張しているだけなのです。
人の内心を評価したところで、どうにもならないのですから。
人の評価は、その人がどう思っているのかではなく、どう行動するか、なのです。
なぜなら、何を思っているか、そんなもの本人にも分からないでしょうし、他人から分かるはずもありません。
まして、思うだけなら自由なのです。
何よりも、思うことと行動は違うものなのですから。
思うことと行動を一致させるとするなら、私たちは、今頃は刑務所か病院、あの世にいることでしょう。
ところで、2ch を見ていたらこんなものがありました。
ケッサクです。
全てのテクニックがすっ飛びそうですね。
女『車のエンジンがかからないの…』
男『あらら?バッテリーかな?ライトは点く?』
女『昨日まではちゃんと動いてたのに。なんでいきなり動かなくなっちゃうんだろう。』
男『トラブルって怖いよね。で、バッテリーかどうか知りたいんだけどライトは点く?』
女『今日は○○まで行かなきゃならないから車使えないと困るのに』
男『それは困ったね。どう?ライトは点く?』
女『前に乗ってた車はこんな事無かったのに。こんなのに買い替えなきゃよかった。』
男『…ライトは点く?点かない?』
女『○時に約束だからまだ時間あるけどこのままじゃ困る。』
男『そうだね。で、ライトはどうかな?点くかな?』
女『え?ごめんよく聞こえなかった』
男『あ、えーと、、ライトは点くかな?』
女『何で?』
男『あ、えーと、エンジン掛からないんだよね?バッテリーがあがってるかも知れないから』
女『何の?』
男『え?』
女『ん?』
男『車のバッテリーがあがってるかどうか知りたいから、ライト点けてみてくれないかな?』
女『別にいいけど。でもバッテリーあがってたらライト点かないよね?』
男『いや、だから。それを知りたいからライト点けてみて欲しいんだけど。』
女『もしかしてちょっと怒ってる?』
男『いや別に怒ってはないけど?』
女『怒ってるじゃん。何で怒ってるの?』
男『だから怒ってないです』
女『何か悪いこと言いました?言ってくれれば謝りますけど?』
男『大丈夫だから。怒ってないから。大丈夫、大丈夫だから』
女『何が大丈夫なの?』
男『バッテリーの話だったよね?』
女『車でしょ?』
男『ああそう車の話だった』
