なんとかの法則

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「引き寄せの法則」とは一体何だろうか・・・
前から疑問に持っていました。

最近は「成功の法則」などのように「~の法則」という言葉が氾濫していますね。

そもそも、法則とは

「命題の中で限られた回数ではあるが観察・実験で検証されたものをとりあえず反証例が見つかるまでの間だけ、仮説的に法則として認める、と考え、法則というのはあくまで仮説にすぎない」(Wikipediaより)

といわれています。

よく考えてみると、世間で言われている「法則」は、特殊な事例やある個人に起こった経験をあたかも、それをまねれば自分もそうなることができるというものばかりです。

「ジンクス」や「思い込み」、「根性論」などの精神論・人生訓のようなものですね。

このような類いの本は昔からありました。

引き寄せの法則にしても、神の力とかオカルト的な何かの力によって・・・というものは「法則」から除外する必要があります。

なぜなら

「信じなければ効果がない」

というのは、法則でも何でもなく「信仰」や「宗教」の世界ですから。

そうではなく、

「問題解決に対して望ましい行動をすれば、目標の実現に効果がある」

といったものであれば「なるほど」と納得します。

ただ、いろいろとSNSなどで観察しているとカルトと同じような類似点が見いだされるものもあります。

① 同じ理想を持つものだけで集まり、異を唱えるものをネガティブとして遠ざける。

少し前にブログで書いたバイアス(「偏り」「偏見」)実験のように、都合のよいものばかり集めても意味がない、ということです。
本来大切なことは反証例など「都合の悪いもの」のはずです。
そうすることによって、思考過程は偏りを軽減でき、より合理的な行動をとりやすいはずです。

セルフイメージを健全にする、ということはこういうことなのです。

なぜ「同じ志のもので群れる」のかというと、実は、自分自身や自分のやっていることに自信がなく、反論に遭う、反証を見ると簡単に挫折するからなのです。

つまり「傷つくこと」「自らの弱さ」から逃避しているだけなのです。

そして、①と関連して、

② 自分たちは本当は素晴らしいと思い込み、否定するものは「嫉妬を持つもの」とか悪い感情を持っているという解釈をする。

自分にとって都合の悪いものから目を背け、逃避するのみでなく、そうする理由づけを発明します。
「私たちの方が素晴らしい。それをとやかく言うものは悪い感情を持っているんだ」と。

こうすることによって、傷つくことから身を守り、「外敵」を作ることによって、自己のゆがんだ劣等感を逆に強固にしだします。

③ 夢という言葉で、本来は望ましくない行動や思考を正当化する

否定すると「夢が大切なんだ」「夢にないやつはダメなんだ」と力説しますが、たぶん自分に言い聞かせているのでしょう。

夢と妄想は違うものなのです。

誰でも劣等感は持っていますが、それを昇華するのではなく、合理化、逃避など望ましくない行動をとっていることに気がつかないのです。

つまり、健全なセルフモニターができていないのです。

④ 「法則」といわれているものは大したことない

オカルトは別として、個人の体験談や道徳や精神論、あるいはどこかの「イージーな心理学」から拝借したもので、何ら目新しいものは何もありません。

夢(目標や理想)の実現は大切なことです。
しかし、現状が辛いからといって、傷をなめあい、強い劣等感の裏返しとしてゆがんだ誇りを持って、無為に人生を過ごすのは、もったいない感じがします。

健全にセルフモニターをし、健全なセルフイメージを持ち、なによりもどんなことがあったとしても、活き活きと生きる、そんな人生を目指したいですよね。

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