思考は事実でない、過去のブログを見ても、私はこう言い続けてきました。
そのベースには、第3世代認知行動療法などがあります。
ところで、最近、よく似たことを言っている人たちがいます。
私なんか以上にしっかりと理解し、そのためのエクササイズを自ら開発し、実践している人もいる一方、どうも何かが違う・・・そんな人が多いのにも出くわします。
たとえば、思考は事実でないと言いながら、「良い思考や感情」は取り入れて、「悪い思考や感情」捨て去ろうとか、ポジティブ思考を持とうとか、思えば叶う、というようなことを同時に主張している人です。
本当のことを言えば、これらは「思考は事実ではない」と相容れないのです。
あたかも、アクセルとブレーキを同時に踏んで「車が進まないぞ」というようなものです。
思考を事実として信じてしまう状態を、思考との一体化(フュージョン)といいます。
なぜ思考を事実として信じてしまうのかというと、
① 思考していることに気がつかない
② 思考そのものが「評価」や「比較」、「理由づけ」によって事実のようにふるまう
が考えられます。
思考と一体化すると、単なる思考にしかすぎないものを、それ以上のものにしてしまう可能性があり、しばしば自分自身に破滅的な影響を与えることがあります。
このような場合、思考からの分離(デ・フュージョン)をさまざまなエクササイズなどで行うのです。
自動的に発生する思考を、「良い」「悪い」、「ポジティブ」「ネガティブ」などとさまざまに評価付け、それを取り込んだり切り捨てたりすることは不可能なことです。
そして、これらの対処そのものが思考と一体化するための行為なのです。
「赤い象について考えるな」
という思考コントロール実験でも、思考がコントロールできないことが容易に分かるでしょう。
コントロールしようとすればするほど、思考との一体化が起こります。
こうなると、フュージョンそのものの状態になります。
思考は事実ではないといいながら、「良い思考や感情」は取り入れて、「悪い思考や感情」捨て去ろうとか、ポジティブ思考を持とうとか、思えば叶う、と相反することをなぜ主張するのでしょうか。
それは、主張する人が理解していない、ということが考えられます。
流行の言葉として「思考は事実ではない」と使ったとしても、そもそもの意味を理解していないため、相反することを主張しても気がつかないのです。
みなさんも私も、学ぶなら、薄っぺらで表面的なものではない、しっかりとしたものを学びたいですね。
