迷信は作られる

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みなさんは「パブロフの犬の実験」は知っていますよね?

犬に餌を与えるときに、ベルを鳴らすと、その犬は餌がなくてもベルの音だけで唾液を流す、というものです。

これを「古典的条件付けの実験」といいます。

餌は、反応を引き起こす無条件刺激、唾液はそれに対応する無条件反応、そしてベルの音は条件刺激になります。

本来であれば、餌に対して唾液が出るのですが、餌という無条件刺激に時間的に近接しているベルの音(条件刺激)との間にも唾液を流す(無条件反応)との間にも結びつきが起き、ここに「学習」が成立するのです。

そして、この関係から、学習の強化、消去、般化という法則が明らかとなったのです。

一方、学習者の自発的行動が、報酬を伴うために強化される学習を「オペラント条件付け」と呼ばれます。

たとえば、バーを押すと餌が出る仕組みを持っている箱にネズミを入れます。
ネズミは最初はでたらめな行動をとりますが、たまたまバーを押すと餌が出てくると、そこで学習が成立し、バーを押すと餌が手に入るということを覚えるのです。

さらに、鳩がいる箱の中に、15秒ごとに餌を放り込むという実験があります。

餌が放り込まれたとき、たまたま鳩が片足を上げていたら、鳩は次も片足を上げて餌をもらおうとしますし、首を振っていたら、次も首を振って餌をもらおうとします。

この「オペラント条件付け学習」の発見者であるスキナーはこれを「迷信行動」と呼びました。

これは、自発的行動をしたところ、餌がもらえた、だから、次もその行動をとれば餌がもらえるだろう、という行動です。

この時、餌と行動の結びつきはたまたま起きただけのことであり、実際には何の関係もありません。

このようにオペラント条件付け行動的に強化されるとたまたま起こった行動にあたかも因果関係があるかのように学習するのです。

迷信とはこのようにして発生します。

博打で、たまたまある行動をとった直後(たとえば深呼吸してお祈りを心の中で唱えたりする)に、勝った場合、次の博打でもそれをするでしょう。

気に入らない人に対して、「死んでしまえ」と強く思ったら、数日後、その人が病気になってしまった場合でも、因果関係があるかのように誤解し、ひどい場合には、「私には特殊な力がある」との妄想に陥るでしょう。

さらにこの時、人間の傾向として「セレクティブ・メモリ」も働いているのです。

つまり、何かをして都合がよいことだけは記憶に残りますが、そうでないことは思い出さない、という傾向です。

「あの占い師はよく当たる」という場合、当たっていないときのことは忘れているのです。
「私が時計を見るといつも、11時11分だ」という時には、時計を見てそうでないときのことは忘れてしまっているのです。

こう考えてみると、迷信なんてどうでもいいものだと思いませんか?

お遊びとしての迷信はほほえましいものですが、その迷信が、対人関係や対社会関係に影響を及ぼしたり、自らの人生や生活に制限を加えるとなると、それは「苦悩」そのものなのです。

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