藪の中とブリーフセラピー

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藪の中・・・「真相は藪の中」といわれるように、真相は分からない、という意味で使われる言葉です。

芥川龍之介の「藪の中」は有名ですね。

ひとりの男が殺されたのですが、その真相を廻って、いろんな人がいろんなことを言います。

しかも、それらが関係者であるにもかかわらず、です。

確かに彼らは真相を見たのでしょう。

しかし、見た事実を評価し、解釈することによって、記憶は歪められてゆきます。

「私が見たから、聞いたから、体験したから、正しい」

というのは、他人に対しては何の意味も持ちません。

なぜなら、「その人だけの記憶」を頼りにしているからです。

すべての記憶を動画のようにありのまま記憶することは不可能です。

重要でないところはカットされ、記憶していないことは他の記憶で補われ、あたかも「事実を記憶しているかのように」信じてしまうのです。

自分の記憶がどれほど頼りにならないことか、

たとえば生まれてから10歳頃までの覚えている記憶をつなぎ合わせても、

30分にもならないでしょう。

10年間の記憶がわずか30分にも満たないのです。

さて、ブリーフセラピーというものがあります。

短期療法のことで、代表的なものはエリクソンを源流とするSFAやMRIなどがあります。

特に、SFAは解決指向型セラピーとして、最近は非常に注目されています。

心理療法というと、何か症状がある場合、

「きっと、原因があるに違いない」

「原因が分からないと、解決のしようがない」

という信仰のもと、原因探しに躍起となります。

確かに、ウィルスが原因で、骨折が原因で、という医学モデルに対しては原因の特定は治療のために必要でしょう。

ですが、同じことを皮膚の下の出来事(つまり、心因性の問題)に当てはめてもどうしようもないことが分かります。

勉強をしていないセラピストは、すぐにトラウマであるとか、幼児体験、親の育て方という過去の何かを問題にし、それを原因と特定します。

この方が簡単で、分かりやすいからです。

しかし、もし、過去の出来事が問題とするならば、過去はすでにないのですから、対処のしようがありません。

「あの時、ああすればよかった」

これが解決でしょうか。

親が悪い、環境が悪い、家庭が悪いという被害者を増やすだけなのです。

さらに、もし何らかの出来事が原因があったとしても、その出来事が本当かどうか、本人の記憶や周囲の人の記憶に頼るしかないでしょう。

そして、記憶がどれほどあやふやなものか、「藪の中」でも分かるとおりのことです。

つまり、本当にそれが記憶の通りにあったのですか、ということです。

いや、なによりも、それが本当の原因だとどうして分かるのでしょうか。

このように、心因性の問題については原因の特定は非常に困難であるのに、それがたまたま分かったとしても、対処のしようがないのです。

しかし、SFAなど解決志向型のセラピーは、原因の特定をする代わりに、

「今の状況をどうすれば解決できるか」

「解決した状態とはどんな状態なのか」

に注意を向けることになります。

ところが、

「そんなものは対処療法だよ」

という人がいますが、お分かりのように、そのような人は、

「原因があるに違いない」

という先ほど述べた過去の問題指向の信者なのです。

人の行動というのは、特定の状況になると、特定の行動をとりやすいものです。

確かに、これは人生のどこかで学習したものです。

しかし、その原因をいくら調べたところで、意味がないのは、もうお分かりのことだと思います。

だめ押しにいうと、車のタイヤがパンクした時に、

パンクの原因やどこでパンクをしたのかを考えても車は走らないのです。

今まさにパンクしにくいタイヤと交換しなければいけないのです。

そうすることによって車は走るのです。

いつまでも過去の問題指向型セラピーに頼るより、もっと未来に目を向けた解決志向型のセラピーに注目してもらいたいものです。

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