さて、今日はなぜ人が回避行動をとるのか、それについてお話をしましょう。
たとえば、トマトが嫌いな人がいたとしましょう。
その人にとっては、トマトそのものに『不快』というものがあるように感じます。
しかし、本当にそうでしょうか。
ここでよく考えてもらいたいことは、トマトは単にトマトにしか過ぎないということです。
つまり、トマトのどこを見ても、トマトを分解しても、『不快』というものは存在しません。
では、不快というものはどこに存在しているのかというと、それはあなたの頭の中にある価値判断なのです。
価値判断というフィルターを通してモノを見ると、単なるモノそのものにその価値判断した結果があるかのように信じてしまうのです。
これは誰にでも自動的に起こるのです。
白い紙を黄色のサングラスをかけてみるとあたかも紙が黄色に見えるのと同じです。
そして、たちが悪いことに、黄色のサングラスをかけていることに気づかないのです。
なおかつ、すべての人が黄色に見えているはずだとも信じてしまうことすらあります。
モノそのものには、善悪や快不快、正誤などという価値判断は持ち合わせていません。
モノそのものは、ニュートラルです。
嫌な人がいる
それもまた、人というモノに対して『嫌』という価値判断をつけて見ているのです。
そして、悲惨なことに、なぜその人が嫌なのかの理由づけをし、ますますそのモノ自体に『嫌』という属性があることを頑なに信じ、固執します。
そうすると何が起こるのかといえば、不快と価値判断したモノを避ける回避行動を取るのです。
回避行動を取ると次第に、人間関係や生活、人生に対する柔軟性が失われ、回避行動を取ることについて躍起になり、その結果、ますます人生や生活、人間関係に制限がかかってしまいます。
感情や思考に振り回され、それらをコントロールしようと懸命になり、ますますそれにこだわります。
正誤、好き嫌い、快不快など自分だけの価値判断を絶対と思い、対人、対社会、対人生においてトラブルや苦悩が増え、孤立、不安などが発生し、ますます人生や生活や対人関係は小さくなります。
価値判断は思考や感情から成り立っています。
思考や感情はコントロールできないのに、回避行動によって、それを取り除こうとか、小さくしようとか、感じないようにしようというコントロールを始めてしまうのです。
このようなことをいうと、
実際に私は苦しいんだ
いくら頑張ってもできないんだ
と訴えて来る人がいます。
私は、いつもこう答えるのです。
どうしたいのですか?
私に窮状を訴えても、できないことを強調しても、何も解決しませんよ。
仮に私を論破しても、現実は何も変わりませんよ。
と。
思考は思考、事実は事実。
思考や感情は自分が生み出したものです。
コントロールできないものをコントロールしようとするから、できないのです。
たぶん、私はできないという人は、
私は『コントロール』ができない、と言っているのです。
これでは堂々巡りになるのは当たり前です。
どんなに辛いように見えても、
それらは今、ここにないものばかりです。
過去や未来の出来事です。
自分の記憶や予想、そして価値判断や理由づけに反応しているだけなのです。
実は、反応する代わりに、それらと距離を取り、それらに「対応」することもできるのです。
なによりも、正しさ、間違いにこだわって苦しむより、今の思考や感情は、自分にとって役に立つのか立たないのか、そういう機能的な考えを身につけると、人生はもっと楽になるでしょう。
私たちは、これらをエクササイズの中で教えています。
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