私はバナナ

20130905221822

妙なタイトルです。

そう、今日はこの妙なタイトルを考えてみたいと思います。

あなたがある日突然

「私はバナナである」

ということを思いついたとしましょう。

なんて変な思いつきだ、と考えることでしょう。

なぜなら、「私はバナナ」と思い込むことと「私はバナナである」こととは別だからです。

いくら思い込んだとしても、

「私はバナナ」

ではないのです。

ところが・・・

「私はどうしょうもないやつ」

ということを思いついたとしましょう。

さて、どうですか?

何だかもっともらしく感じませんか?

もっともらしく感じると気分が滅入りませんか?

「私はバナナである」

「私はどうしようもないやつである」

言葉上はバナナとどうしようもないやつが入れ替わっただけなのです。

バナナと同じように、「どうしようもないやつ」と思い込むことと、
「どうしようもないやつである」ことは別なのです。

にもかかわらず、どうして「どうしようもないやつ」に対しては感情が左右されるのでしょうか。

私の過去の日記を読んでもらえればお分かりかと思いますが、

思うことは事実そのものではありません。

本来は意味のない事実に対して、評価や比較、理由づけを思考が行います。

つまり、事実そのものを見ているのではなく、自分の思考を見ているのです。

思考を事実と考えてしまうと、このように感情が左右されてしまうのです。

たとえば、「私」に「どうしようもない」という評価を与えると、その評価を強化するために、さまざまな理由づけ(過去の失敗や恥をかいたことなど)、他人との比較などが行われるからです。

よく考えると、失敗ばかりではないし、成功したこともあるでしょう。

他人と比較しても、いいときも悪いときもあるでしょう。

しかし、よい状態のことは度外視し、「どうしようもない」に対する理由づけだけを集めてゆくのです。

ついには、「私はどうしようもない」というものが事実となり、そして落ち込むのです。

本当のことを言えば、

「私はどうしようもない」ではなく、

「私はどうしようもない、という思考を持っている」のです。

それは、「私はバナナ」という思考を持っていることと全く同じであり、

どんなに頑張っても、バナナにはなれないのです。

このように、事実と思考が分離すると、

「ああ、おもしろい考えを持っているな」

で終わるのです。

その考えに巻き込まれ、理由づけやさらに評価を加えて、ますます苦悩することはなくなるのです。

V.d.s.は、これらの苦悩をすり抜ける方法を実際にエクササイズを使って教えてゆきます。

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【人生の自由を取り戻す V.d.s.】

V.d.s.

症状別にトリートメントを行うヒーリングもはじめました。

催眠や心理療法との融合も考えています。

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