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嫌われたくない・・・

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みんなに好かれたい、ほとんどの人がそう願うでしょう。

そして、嫌われると落ち込み、場合によっては自分には価値がないものだと思ってしまう人もいるかも知れません。

あるいは、好かれたい(嫌われたくない)あまり、自分の望まないことまで言ったり、行なったりするかもしれません。

必死でこのような思いを持って、振る舞っているときは気がつかないものですが、一歩退いて自分の姿を客観的に見てみると、

自分以外の人のほとんどから嫌われて、

人の好みに合わせて、

さながらカメレオンのように、

演技している

ことに気づくことが多いでしょう。

これはとても苦しいものなのです。

確かに嫌われると気持ちのいいものではありません。

しかし、ここでよく考えて欲しいことがあります。

あなたを好きになる、嫌いになるというのは相手の勝手なのです。

そして、相手があなたのことをどのように思うのか、相手の感情をコントロールすることはできません。

もし、あなたが相手の感情や生き方、思考、どうするべきかまでを支配できるなら、

「悩む必要がある」というのはもっともなことです。

現実には、そのようなことはできません。

あなたと相手は違うものであるうえに、あなたが思う以上に相手は一日中あなたのことを考えているわけではないのです。

人の感情や思考をコントロールすることは不可能でありますし、不可能なことをコントロールしようとすると必ず苦しみが出てきます。

なぜなら、現実はできないことを単なる思考で「できるはず」と現実否定しても、現実は何も変わらないからです。

本当のことを言えば、相手からの評価というものは、

相手はあなたに「ラベル」を貼っている

だけなのです。

ラベルはあなたの本質を表す事実ではありませんし、ラベルを貼る側の思考が生み出す「評価」にしか過ぎません。

ラベルとあなたは別物なのです。

しかし、相手の思考が生み出す評価を事実として信じてしまうと、

事実でないことを(ラベルを事実でないことを)証明するために、さまざまな方策を講じるのです。

たとえば、ラベル通りでないことを示すために、相手の思考や感情をコントロールしようとしたり、

自らラベルを剥がそうとしたり・・・

もちろん、誤解が生じている場合には、誤解を解くための行動は必要ですが、それをもってどう思うかは相手の勝手であり、自分のコントロールの範囲外です。

わざわざ自分から誤解を招くだろうという行動をする必要もなく、傍若無人に行動することもなく、それでもさまざまに人が評価するのは、

それが単なるその人の評価であって、

それが事実でなく、

人はあなたと同じようにそれぞれ好き勝手に評価するもの、

それによってあなたの本質は何も変わらないこと、

を知るならば、好かれても、嫌われても、その人たちそれぞれに対して

ありがとう、うれしいです。

残念、悲しいです。

で終わってしまうことです。

相手は何を考えているのだろう、どう思ってこう言うのだろうと、分かりもしない相手の心を推測したり、そのことで頭がいっぱいになって苦悩の迷路に落ち込む必要はなくなります。
やりたくないこと、言いたくないことを言って相手の機嫌をとる必要はなくなるのです。

物理的にコントロールできないものはできない。
思考で「コントロールできないものを、できるはずだと」現実を否定すると、嫌な感情を通り越して「苦悩」と呼ばれる迷路にはまり込むのです。

ゲシュタルトの祈り

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人生楽ありゃ苦もあるさ

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人生、いいことだけあって悪いことがなければいい。

自分自身もいい考えや思考だけを持って、悪いものはなくなったり、いいものに置き換わったりすればいい。

誰でもそう思うものですし、私もそう思います。

しかし、現実はどうでしょうか。

そんな都合よく人生や自分がいったためしはあるでしょうか。

そもそも「いいこと」「悪いこと」自体が思考が生み出す『評価』であり、『事実』とは異なります。

事実そのものには何ら意味がありません。

ここで事実と評価の違いを簡単に述べると、

事実は、外から見て分かるもの

たとえば、人、行動、物などです。

評価は、外から見て分からないもの

たとえば、感情や思考、善悪、正誤などです。

事実は誰が見ても、そのまんまのものです。

ところが、評価は人によって違います。

悪い人や悪い出来事

というものは、

「悪い」(評価)+「人」(事実)

「悪い」(評価)+「出来事」(事実)

から成り立っています。

しかし、多くの場合、評価も事実であると思い込み、それによって苦しむことにもなります。

苦しむと何をするのかといえば、

苦しみを避けるために

回避(無視する、友人関係を切る、逃げ出す、取り去ろうとする、なかったことにするなど)

コントロール(評価を都合のいいものに変えようと「悪い」を「いい」に置き換える頭の体操をする、戦おうとするなど)

をします。

評価は思考や感情から成り立っていますから、

これまでの過去日記から分かるように、思考や感情がコントロールできないことはすぐに分かると思います。

コントロールできないことをコントロールしようとすると、

莫大な時間がかかったり、

同じような出来事に対して同じ対処を繰り返したり、

などの方策を講じます。

「いい・悪い」「正しい・間違い」「善・悪」などというものは単なる評価であり、事実とは違うこと、

なによりも、自分自身の思考から発生する評価について回避したり、コントロールする必要がないこと、

そして、単なる思考から出てくるものは事実とは違うものであることを知るのは大切なことであります。

この世の全ては、事実ではなく、その人の事実の解釈から成り立っている、というのは重要な言葉かもしれないですね。

人生にしても自分自身の思考・感情にしても、「いい・悪い」と評価することは人として当たり前のことですが、

それに振り回されることなく、

いいことも悪いこともひっくるめて全て、

自分自身や人生であるというアクセプタンス(完全受容)することが、

現実をありのまま肯定し、

その現実から、

「では、どうやっていこうか」

という対策が出てくるからです。

思考や感情はコントロールできませんが、

思考や感情とは別に、行動はコントロールできるのですから。

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死ぬこと

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今日は「死」について、ちょっとだけ・・・

みなさんは、家族や知人などで「死」を見たことがあるという人も多いでしょう。

死を見たとき、ふと頭をかすめることがあります。

「私もいつかは死ぬんだ」

と。

でも、不思議なことに、そのいつか、というものはずっと遠い先のことと信じています。

20年後、30年後、50年後、60年後・・・というふうに。

でも、それらに根拠はあるのでしょうか。

確かに、私たちがこれから何年後かに生きている証拠や保証はどこにあるのでしょうか。

こういうことを言うと、

「怖い」

と思うでしょう。

そうです、死は本能的に怖いものなのです。

なぜなら、誰もが体験するものでありながら、体験するとその先が分からないからです。

何よりも、どんなにお金を持っていても、どんなに人を愛し、憎んだとしても、
どれほどの経験を持っていたとしても、どんなに名誉や権力を持っていても、
どんなに苦しみを持っていたとしても、

死は、全てを残して、たった一人で経験するものなのです。

二人で死のうが、多数で死のうが、体験は一人一人のものなのです。

死に臨んでは、一切のものが死を遠ざけることはできないという事実が紛れもなくあります。

死は恐ろしくないという人も、死の恐ろしさの代わりとして、来世や死後の世界というものに希望を託します。

そうすることによって、恐怖が和らぐこともあるからです。

無意識的に、あるいは努めてそのようなことを考えないようにしようと思っている人も多いでしょう。

必ずいつか分からないときに体験するものであるのに、自分の体験と切り離してこのように死を取り扱うこと自体が、死の恐怖の大きさを物語っているのです。

たとえば、幼いときの体験を自分の目から見るように思い出すことができますし、未来の予想もまた、自分の目から見るように想像できます。

しかし、死については、それをイメージするとき、そのイメージの中に必ず自分というものが、自分の死体、棺桶、祭壇などのように直接的、間接的に存在します。

つまり、道のものであり、恐怖が大きいため自分の目から体験しているようにイメージすることができず、
自分から抜け出したかのようにして、あたかも自分が死の体験から回避するようにしてしかイメージできないのです。

死は、人生の総決算でもありますが、だからといって予想できる死ばかりではありません。

交通事故や突然死、闘病中の突然の悪化など、予想もしない形で死はいつ訪れるかも分かりません。

だからといって死の恐怖を感じながら生きることは全く意味がないことでもありますし、心と体を壊すだけでしょう。

よく考えると、「死」というものは私たちの人生について多くのことを教えてくれます。

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バスの運転士

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こんなバスがあるのです。

バスの運転手はあなたです。

そして、行き先は「あなたの歩んでみたい人生の方向」を表示しています。

バスの乗客にはいろいろな人がいます。
優しいおじいさんもいれば、まじめなサラリーマン、おしゃれなOLも乗っています。

いい人や無害そうに見える人だけではありません。

酔っ払いや極道も乗って、わめき声を上げていることでしょう。
運転席の近くまできて「右に曲がれ」「そこ、左」とわめき立てるでしょう。

それが怖い運転手のあなたは、そのことばどおりに右や左に曲がってしまってきたと思います。

たまには勇気を振り絞って怖い客の言葉に逆らって逆の方向にハンドルを切ったこともあるでしょう。
そうすると、怖い客たちはいっそう大きな声で怒鳴りあげ、

「大変なことが起きるぞ」

「何かあったらどうするんだ」

と恐怖と不安をあおり立てます。

怖い客が示す方向は、あなたが望む方向ではないのに・・・

その間、あなたのバスは「行き先」から大きく外れてしまったのです。

そして、あなたはこの柄の悪い人が気になって仕方ありません。
この人に降りてもらおうと思っても、この人たちは降りる様子がありません。
言い争っても、降りなさいと注意しても降りません。

その間、あなたの人生のバスは道に止まったままです。

言い争いをし出すと、他の乗客までもがざわめくでしょう。
新たな客も乗ってくるでしょう。
客を乗せても、降ろすことなんてできっこないのです。

そこであなたは次の作戦に出ます。

取引に出るのです。

見た目が怖いから、極道に背広を着せ、七三に分けてもらい眼鏡をかけさせ、後部座席に座ってもらうのです。
酔っ払いには酒を渡し、しばらく黙ってもらうことにするのです。

それでも運転手のあなたは後部座席が気になって仕方ありません。

黙っているか、わめき出さないか、暴れないか、そればかりが心配です。
ルームミラーでちらちらと常に後ろを確認し、心はここにあらずです。

あなたの注意は、バスの示す方向を見ずに、ルームミラーばかり見ているのです。
行きたいところを思い描くのではなく、怖い客ばかりを見ているのです。

その間、あなたの人生のバスは方向を見失っているのです。

こんなふうに生きてきたのではありませんか。

ここでの乗客はあなたの思考や感情なのです。

本当のことは、

運転手はあなたであり、運転できるのはあなただけなのです。
乗客は騒いだり、わめいたりすることしかできないのです。
乗客があなたに代わってハンドルを切ったり、ブレーキをかけたり、アクセルを踏んだりはできないのです。

思考や感情が何を言おうが、あなたはそれとは関係なく「自分が歩んでみたい人生の方向」に向かって運転できるのです。

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自信をつける

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自信をなくしたので、自信をつけたいという人が相談によくやってきます。

そして、私たちも当たり前のように自信をなくした、自信をつけたいと言います。

しかし、よく考えてみると、そもそも自信というものは一体何なのでしょうか?

それはなくしたり、つけたりすることができるものなのでしょうか?

たとえば、

ウィルスに感染したから抗生物質を打ちます

骨折したから足を固定します

お腹が空いたから食事をします

このように、具体的な物事には、具体的な対処法があります。

一方、自信とは何なのでしょう?

それが分からないことには、なくしたりつけたりすることすら不可能なのでしょうか?

私たちのセミナーの中でも受講生に質問するのですが、

「花束は存在しますか?」

と。

たいていの人は、「存在する」と言います。

「では、何が花束ですか?」

と再び質問すると、「花が束になったものが花束です」という答えが返ってきます。

「『束』とは何ですか?何本から束になるのですか?」

と三度問うと、2本以上とか、10本くらいといういろんな答えが返ってきます。

みなさんにお聞きしますが、

「その『花束』というものはどこに存在しますか?」

・・・

『花束』というものは抽象的な概念であり、言葉では存在するけれども具体的には存在しないものです。

このようなものはたくさんあります。

『国民』『国家』『民族』『常識』・・・挙げればキリがないものです。

自信もその一つなのです。

実体がないものに対処することはとても困難なことなのです。

言葉が存在するとあたかも具体的な何かがあると勘違いしてしまい易いのですが、実際のところ具体的なものは何もないのです。

言葉だけでしか存在しないもの、たとえば自信などを取り扱ったところで、具体的な対策を立てることができないことはいうまでもありません。

「自信がない」という思考や感情は、その人にとってはさまざまなスキルの不足やそこから発生する感情の集合体でしょう。

対策としては「自信をつける」ということではなく、何が不足しているのかを細分化し、それぞれらついてのスキルや経験をつけてゆくことが、結局は「自信をつける」ということでしょう。

決して、

スキルがないまま「私には自信がある」と思い込ませることでもなく

目を閉じて、ありありと成功したときの感情を奮い立たせることでもなく

感情や思考と戦ったりコントロールしたりするようなことではありません。

このようなことをしても一時的にはホッとする場合もありますが、結局同じことを繰り返してきているはずですし、思考や感情がコントロールできないことは私の過去日記で何度も言い続けてきたことです。

自信をつける、という漠然としたものに挑むより、まず私には何が足りないのか、それを見つけ出すことが大切なのかもしれません。

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