ブログ
ブログ一覧
催眠、催眠術という言葉にだまされないようにしましょう
ようやく本業の忙しさが去り、昨日は死んでいました。
なにせ、毎日が睡眠が1時間くらいという状態でした。
少し、日記などの更新を怠っていたのも事実。
申し訳ないです。
さて、催眠にだまされるな、と書くと「おまえもやっているだろうが」とたまにメッセで指摘してくれるすてきな人がいたりします。
でも、このように突っ込みを入れてくれる人は、しっかりと勉強している人が多いのです。
休日でのんびりして、催眠関係のページを物色していると、いろんなことに気がつきます。
そして、メッセやメールボックスを見ると、質問がいくつか入っていたりするものです。
よく質問されることは、催眠術と催眠療法は違うのですか?というものです。
特に催眠療法を自称しているところは、催眠術を見世物として非難しているところが多いようです。
けれど、全く同じなのです。
目的が娯楽か改善かであって、着ている衣は全く同じです。
次に質問されることが、古典催眠よりエリクソン催眠の方が優れているのですか、というものです。
答えは、瞬時に出ます。
いいえ、と。
催眠に対する哲学やアプローチが違うのですから、比較の対象にならないのです。
数学と国語どちらが優れているか、というナンセンスな質問なのです。
ところで、催眠術、催眠療法を行っている人たちの見分け方をお教えしましょう。
1つ目は、「自己開示」をどの程度行っているか、です。
たとえば、こんなものはどうでしょう?
あなたがひどいうつに悩まされているとき、ある催眠療法家やヒプノセラピストを称するホームページを見ました。
そこにはこんな文言が・・・
「私もかつてひどいうつに悩まされ、リストカットも経験しました。ところが催眠療法で助かりました。あなたも本当によくなります」
書いている本人は、クライエントとの共感を得るために自己開示をやっているのでしょう。
でも、一歩退いてみてください。
セラピストが、過去でも、現在でも、そんな状態であることを開示をして本当に大丈夫か、と思いませんか?
精神科や心療内科の治療を受けるとき、医師が
「私はかつてあなたよりひどい病気で悩まされました。幻覚、幻聴はあり、人に対して攻撃的に考えていましたが、今は改善して、みなさんの役に立っています」
嫌でしょう?こんなことを言われるのは。
ラポールを築くために、このような自己開示をしている人は、自分がどうふるまっているのか分からないのです。
私は、このような人を見たら、よけいに病が深まっているのではないか、と思うのです。
自己開示にも種類があって、
① 過去の病を宣伝する
② 自分の夢を蕩々と述べる
②については、催眠を使って自分がビジネスで成功する、というようなものです。
もちろん、金儲けやビジネスは大切なことです。
けれど、自分のことばかり書いていてはいかがなものでしょうか。
当然、このような主張をしている人はそれに気づいていないのです。
本当に心理学を学んだと言えるのでしょうか?と思います。
自己開示自体は悪いものではありませんが、時と場合、程度を考えられない人はどうか、と思いませんか?
意外とこのような人は多いものですよ。
2つ目は、技術も知識も、経験もないのに金儲けの客寄せとして催眠術や催眠を称している人です。
いわゆる、だましか、だましに近いやり方です。
たとえば、このような人の特徴としては、
催眠術、催眠を使えばいろんな悩みが解決するほか、コーチングにも応用できると力説するのです。
いまだ、催眠術や催眠といえば、「不思議な」「魔法」のイメージがありますから、人は興味を示すのです。
その興味を逆手にとって、単なる客寄せとしているのです。
一応は催眠技術を持ってはいるのでしょうが、心理療法ができないため、どうしても催眠術という言葉に頼るのです。
催眠技術は、最近はいい本やDVDが出回っていますし、しっかりと技術と考えを教えるスクールもあります。
あたかも催眠の専門家のように、本で手に入る催眠技術をいくら述べたところで、それがどのように療法につながるのか、どのように利用するのか、それが絶対に必要なのです。
催眠技術を詳細に説明したところで、
手術が必要な患者に、麻酔の説明をしているだけであり、あたかも麻酔だけで手術したように思わせている
だけなのです。
ここでいう手術とは、心理療法のことであり、催眠は麻酔にしかすぎないのです。
麻酔は手術ではありません。
催眠療法とは、補助的に催眠を使って心理療法をすることをいうのですから。
はっきり言いますと、催眠術や催眠だけで、症状が改善したり、コーチングなどが上手くいくことはあり得ません。
むしろ、催眠技術を使わなくても、効果のある心理療法はいくらでもあります。
だます側は、催眠術や催眠という言葉が持つ怪しげですが、人が思う「ひょっとして、何とかなるのではないか」という言葉の魔力を知っています。
一つ目のように、そもそもセルフチェックができない催眠術師やヒプノセラピストたちは問題外として、二つ目の人たちは、本当に要注意かもしれませんね。
マインドフルネス瞑想
私が好きなことがあります。
それは、瞑想です。
瞑想といっても、落ち着くためにするわけでもなく、「無」を感ずるわけでもでもなく、何かと一体化することでもなく、イメージをありありと感じることでもないのです。
マインドフルネス瞑想といって、『自分の心を観察する』瞑想なのです。
もともとはヴィパッサナー瞑想が原型ですが、宗教色をぬぐい去り、それをセラピーに応用できるようにしたものなのです。
これは一度方法を身につけると、どこでもできますし、何よりも道具が必要ないですし、コストもかかりません。
思考や感情に振り回され、その思考や感情と戦ったり、回避したり、ポジティブに置き換えたり、忘れようとするためにそうするのではなく、ただ、心や感情を観察するのです。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/onsei/kuusyou/
たとえば、呼吸の様子を意識できるのであれば、私は呼吸そのものではないのです。
呼吸は常に変化しています。
呼吸は浅くなったり深くなったり、早くなったり、遅くなったりしますが、呼吸に気づいている私は何も変わりません。
子供の頃と大人になった私を比較しても、姿形は変わったとしても、呼吸を意識している私は何も変わりません。
同じように、思考がどこにあるのか、それはどんな形なのか、映像なのか、言葉なのか。
一歩退いて思考を観察してみましょう。
思考も絶えず変化しています。
突然現れては、どこかに消えてゆきます。
常にどんな時も同じ思考がずっとある、ということはあり得ません。
思考は、あるときは本当ですが、あるときは嘘です。
あるときは悲しいものですが、あるときは楽しいものです。
このように絶えず変化しています。
そして、思考を意識しながら、思考を意識している私がいるのです。
思考を意識できるならば、私は思考そのものではないのです。
子供の頃と大人になった私を比較しても、姿形は変わったとしても、思考を意識している私は何も変わりません。
この話を聞いていても、思考は、絶えず分析し、考え、反論したり、非難したり、理屈で説明しようとするでしょう。
これが思考の働きなのです。
この思考の働きを、道を通りゆく人のように、道路を走りゆく車のように、勝手に行き来させておきましょう。
思考は、絶えず気を惹くことをしてみたり、ちょっかいを出したりしてきます。
それでも、それをそのまま眺めてみましょう。
感情もまた常に変化しています。
気分が悪くなったり、ストレスがたまったり、安心したり、不安になったり、いつもいつも変化しています。
怖くなったり、怒ったり、悲しんだりします。
その感情を眺めてみましょう。
感情を観察できるなら、私は感情そのものではないのです。
子供の頃と大人になった私を比較しても、姿形は変わったとしても、感情を意識している私は何も変わりません。
呼吸や思考や感情を意識している変わらない私は、空に似ています。
そして、思考や感情は天気のようなものです。
天気は絶えず変化しますが、ひどい荒れ模様になったとしても、空は全く被害を受けません。
どんなに激しい雷雨でも、荒れ狂う台風でも、猛烈な吹雪でも、空に危害を加えることはできないのです。
そして、空にはどんなひどい天気も受け容れる余裕がありますし、その悪天候も永遠に続くことはありません。
天気はどんどん変化していきます。
虹が見えることも、雷が鳴ることもあるでしょう。
けれど、それらが発生しても、空の様子は刻々と変化し、過ぎ去ってしまうものなのです。
私の心は、決して雲そのものではありません。
雲や雨はどこからか、わき出てやがてどこかに消えてゆきます。
空は、雲や太陽、雨や虹、それらをも含む「入れもの」なのです。
小さな雲の時もあるでしょう。
大きな雲が、空全体を覆ってしまう時もあるでしょう。
天気は常に変わってゆくものなのです。
空の中に、思考や感情、衝動が浮かんでは消えてゆくだけなのです。
どんな天気になろうと、空の本質には何の関係もないのです。
私の心の天気が、どんなふうに移り変わるのか、それをただただとらわれず、評価せず、判断せず、眺めてみましょう。
私たちは時々、空がそこにあることを忘れてしまいますが、それでもやっぱり、空はそこにあります。
空を見られないときもあります。
雲に覆われると、霞んでしまうからです。
ですが、もし雲の上まで上がっていくことができるとしたら、たとえ分厚い、真黒な積乱雲が立ちはだかったとしても、その向こうには、雲ひとつない晴天がどこまでも広がっているはずです。
これからもっともっと、私自身の、この晴天の部分を感じることができるようになっていけます。
この場所では、思考や感情に悩まされる必要がありません。
安全な状態で思考を観察し、受け容れることができます。
入れ物としての空の私は、思考や感情がわき出ては消えてゆく、それを眺めてみましょう。
もし巻き込まれたら、また空に戻りましょう。
この瞑想は空になりきることでもなく、長時間そこにとどまることでもありません。
巻き込まれたら、すぐ空の視点に何度も何度も戻ることなのです。
どうですか?
おもしろいでしょう?
すぐにできるわけではありませんが、慣れてしまうといつでもどこでもできるものなのです。
今、この瞬間、そこにとどまることを知ることは、地味ですが、人生を変える可能性のあるものでもあるのです。
こんなものも用意しています。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/onsei/kuusyou/
エロ催眠・・・
エロ催眠・・・
何とも言えないいかがわしい響きですね。
男性が催眠を学ぶとき、多かれ少なかれ、必ず意識するものでもあります。
多くのアダルトDVDや小説、コミック本、番組などを見ていると、どれほど催眠=エロと誤解されているかが分かるでしょう。
そして、これらを見た後に必ず考えるのです。
本当にこんなことできるのだろうか?
できるのなら、やってみたい!!
と。
実際、ネットを見てみると、そのような催眠を教えますとか、私は催眠でお持ち帰りをしました、とぬけぬけと言っている人も少なからずいます。
情報商材を買っても「女性を口説き落とすために、まず催眠術を学びましょう」というものがよくあります。
私たちのところにも、「エロ催眠を教えてくれるのですか?」とたまに問い合わせがあったりします。
果たして、催眠でエロなことができるのでしょうか?
エロな程度にもよりますが、お持ち帰りをしたり、たちまちにして本当に好きにさせて言いなりにする、ということは、
はっきり言いましょう、
ムリです。
もちろん、ものすごく被験性の高い人がいて、ごくごくまれにこのようなことができる場合もありますが、それでも、催眠はメッキですから、すぐに効果は失われます。
それに、よく考えてみてください。
女性とどのようにして付き合ったら分からない人が、どのようにして話をしたらいいのか分からない人が、催眠をして口説くことなんてできるでしょうか?
確かに古典催眠では、好き好き催眠と呼ばれるものがあり、その時は好きにさせることができますが、覚醒すると元に戻ります。
覚醒しなくても、時間の経過や睡眠によって元に戻ってしまいます。
では、アダルトDVDなどは嘘か、というと嘘ではないのです。
ただし、女優などはアダルトであることを知って出演するわけですから、当然、催眠誘導されてエロ状態になったとしても、女優としてはOKなのです。
道行く人を捕まえて、催眠誘導して口説く・・・何と滑稽なことではないですか。
ところで、恋愛はどのようなプロセスで起こるのでしょう?
あなたがある人を好きになるときのことを考えてみましょう。
決して相手はあなたに対して「私のことをだんだん好きになってきます」なんて言わないのです。
あなたは、好きでなかった人をある時から好きになるのです。
好きになる前は好きではなかったのです。
決して「好きだ」という光線が相手から出ているわけではないのです。
たとえあなたが相手を好きになったとしても、周りを見渡すと、事実は何も変わっていないのです。
一体何が変わったのでしょう?
あなたの頭の中で、その人に対する物事のとらえ方が変わったのです。
何も事実は変わっていないのに、あなたの思考や感情だけが「好き」に変わったのです。
これを人為的に起こすことができないか、そんなことを研究していたら、ついにこんなことになりました。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/mc12/index.html
催眠なんて必要ないのです。
マインドコントロールの仕組み
先日、マインドクリエイト主催の「心理の館」の後の二次会で、
「マインドコントロールの仕組み」
についてお話ししました。
原理そのものは実は簡単なのです。
そして、マインドコントロールは、遠い世界の出来事ではなく、みなさんの身近にもあります。
新興宗教や自己啓発セミナー、ネットビジネス、占いや霊能者にはまってしまった人などなどです。
どうしてこんなふうになってしまったのか、外部から観察する私たちには、「驚き」という感情しかないのですが、彼らにとっては新しい幸せの中にいるのでしょう。
「騙されているよ」
「どう考えても、おかしいよ」
と告げようものなら、
「どうしてそんなネガティブなことを言うのだ」
「夢を持たない人間はダメだ。不可能なことを可能にしてきた人たちがいるではないか」
激しい否定の言葉にさらされてしまいます。
みなさんも経験があるでしょう?
このような人。
彼らは、いずれも、人生のある時期に、自分で解決不能な事態に直面し、その問題を解決するために、「新しい考え」を受け取ってしまったのです。
人は、ビリーフと呼ばれる、価値観や信念、道徳観などをもとに判断し、問題解決をするのですが、それで解決不能な場合に、新しいビリーフを取り入れやすくなるのです。
もともとビリーフは、どんなものでも人生のどこかの時点で取り入れたものなのです。
今も取り入れ続けている場合もあります。
ビリーフを取り入れる前は、それを信じていなかったのですが、取り入れた後は、それを信じ、それをもとに判断し、行動するのです。
つまり、ビリーフを取り入れやすい状態を作り出し、そしてこちらが望むビリーフを受け取らせたらいいのです。
しかも、ビリーフは「与えられたもの」ではなく、「自ら受け取ったかのように」巧妙に偽装すればいいのです。
では、どのようにしてそうするのか具体的な実践方法をまとめたものがあります。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/mc12/index.html
商売っ気のあるページですが、内容は本気です。
オカルトでもないし、催眠でもない、純粋に心理学を応用したものです。
こんなものを公表してもいいのか、とも思いましたが、実は、マインドコントロールの手法は、セラピーにも十分応用できるのです。
マインドコントロールとは、セラピーの一形態ということも可能です。
よければ、一度ご覧になってみてください。
命の洗濯
更新をサボっていたわけではありません。
年に一度の大切な人たちとプライベートな旅行をしていました。
催眠や心理療法の専門家たちとの心の洗濯のための旅行です。
何気ない話題の中に大きなヒントを感じたり、そうかと思うと、新しい手法に関するひらめきがあったり、そうでないときはのんびりしていたり、日常の何気ないことをあらためて感じてみたりと得ることばかりの旅行なのです。
何よりも大切なのは、大切な人たちと、童心に返って遊ぶことができることです。
これに勝るものはありません。
心理療法とは、もともとの自分に、自分で付けてしまった「価値観」や「評価」などで、自分を苦しめ、人生に制限を与えるものを引きはがす作業なのです。
催眠を使ってもいいし、使わなくてもいいのです。
もちろん、催眠を使うと心理療法がやりやすくなりますが、催眠だけでは何も解決しないのです。
催眠はメッキにしかすぎないのです。
その時は上手くいくでしょうが、効果は長続きしません。
メッキだからです。
催眠技術を持っていることと、セラピーができることは別物です。
悲しいことに、催眠技術があるだけで、心理療法までできると錯覚している人が何と多いことか、と思います。
臨床経験がほとんどなく、まともに心理学を学んでいない人が、お金を稼ぐためだけに日記やブログで宣伝していることがよくあります。
あるいは、セラピーができないために、セミナーを開いてお金儲けをすることもやってのけます。
確かにお金を稼ぐことは大切なことです。
けれど、お金儲けのために、粗悪な商品をいいものと偽って販売するのはよくないことです。
まともな心理療法やコーチングなどできないのに、催眠という名のもと、偽ることもまた同様ですし、催眠の力で女性を意のままにというエロ催眠も全く同じものです。




