催眠、催眠術という言葉にだまされないようにしましょう

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ようやく本業の忙しさが去り、昨日は死んでいました。
なにせ、毎日が睡眠が1時間くらいという状態でした。

少し、日記などの更新を怠っていたのも事実。
申し訳ないです。

さて、催眠にだまされるな、と書くと「おまえもやっているだろうが」とたまにメッセで指摘してくれるすてきな人がいたりします。

でも、このように突っ込みを入れてくれる人は、しっかりと勉強している人が多いのです。

休日でのんびりして、催眠関係のページを物色していると、いろんなことに気がつきます。
そして、メッセやメールボックスを見ると、質問がいくつか入っていたりするものです。

よく質問されることは、催眠術と催眠療法は違うのですか?というものです。
特に催眠療法を自称しているところは、催眠術を見世物として非難しているところが多いようです。

けれど、全く同じなのです。

目的が娯楽か改善かであって、着ている衣は全く同じです。

次に質問されることが、古典催眠よりエリクソン催眠の方が優れているのですか、というものです。

答えは、瞬時に出ます。

いいえ、と。

催眠に対する哲学やアプローチが違うのですから、比較の対象にならないのです。

数学と国語どちらが優れているか、というナンセンスな質問なのです。

ところで、催眠術、催眠療法を行っている人たちの見分け方をお教えしましょう。

1つ目は、「自己開示」をどの程度行っているか、です。

たとえば、こんなものはどうでしょう?

あなたがひどいうつに悩まされているとき、ある催眠療法家やヒプノセラピストを称するホームページを見ました。

そこにはこんな文言が・・・

「私もかつてひどいうつに悩まされ、リストカットも経験しました。ところが催眠療法で助かりました。あなたも本当によくなります」

書いている本人は、クライエントとの共感を得るために自己開示をやっているのでしょう。

でも、一歩退いてみてください。

セラピストが、過去でも、現在でも、そんな状態であることを開示をして本当に大丈夫か、と思いませんか?

精神科や心療内科の治療を受けるとき、医師が

「私はかつてあなたよりひどい病気で悩まされました。幻覚、幻聴はあり、人に対して攻撃的に考えていましたが、今は改善して、みなさんの役に立っています」

嫌でしょう?こんなことを言われるのは。

ラポールを築くために、このような自己開示をしている人は、自分がどうふるまっているのか分からないのです。

私は、このような人を見たら、よけいに病が深まっているのではないか、と思うのです。

自己開示にも種類があって、

① 過去の病を宣伝する

② 自分の夢を蕩々と述べる

②については、催眠を使って自分がビジネスで成功する、というようなものです。

もちろん、金儲けやビジネスは大切なことです。

けれど、自分のことばかり書いていてはいかがなものでしょうか。

当然、このような主張をしている人はそれに気づいていないのです。

本当に心理学を学んだと言えるのでしょうか?と思います。

自己開示自体は悪いものではありませんが、時と場合、程度を考えられない人はどうか、と思いませんか?

意外とこのような人は多いものですよ。

2つ目は、技術も知識も、経験もないのに金儲けの客寄せとして催眠術や催眠を称している人です。

いわゆる、だましか、だましに近いやり方です。

たとえば、このような人の特徴としては、

催眠術、催眠を使えばいろんな悩みが解決するほか、コーチングにも応用できると力説するのです。

いまだ、催眠術や催眠といえば、「不思議な」「魔法」のイメージがありますから、人は興味を示すのです。

その興味を逆手にとって、単なる客寄せとしているのです。

一応は催眠技術を持ってはいるのでしょうが、心理療法ができないため、どうしても催眠術という言葉に頼るのです。

催眠技術は、最近はいい本やDVDが出回っていますし、しっかりと技術と考えを教えるスクールもあります。

あたかも催眠の専門家のように、本で手に入る催眠技術をいくら述べたところで、それがどのように療法につながるのか、どのように利用するのか、それが絶対に必要なのです。

催眠技術を詳細に説明したところで、

手術が必要な患者に、麻酔の説明をしているだけであり、あたかも麻酔だけで手術したように思わせている

だけなのです。

ここでいう手術とは、心理療法のことであり、催眠は麻酔にしかすぎないのです。

麻酔は手術ではありません。

催眠療法とは、補助的に催眠を使って心理療法をすることをいうのですから。

はっきり言いますと、催眠術や催眠だけで、症状が改善したり、コーチングなどが上手くいくことはあり得ません。

むしろ、催眠技術を使わなくても、効果のある心理療法はいくらでもあります。

だます側は、催眠術や催眠という言葉が持つ怪しげですが、人が思う「ひょっとして、何とかなるのではないか」という言葉の魔力を知っています。

一つ目のように、そもそもセルフチェックができない催眠術師やヒプノセラピストたちは問題外として、二つ目の人たちは、本当に要注意かもしれませんね。

マインドフルネス瞑想

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私が好きなことがあります。

それは、瞑想です。

瞑想といっても、落ち着くためにするわけでもなく、「無」を感ずるわけでもでもなく、何かと一体化することでもなく、イメージをありありと感じることでもないのです。

マインドフルネス瞑想といって、『自分の心を観察する』瞑想なのです。

もともとはヴィパッサナー瞑想が原型ですが、宗教色をぬぐい去り、それをセラピーに応用できるようにしたものなのです。

これは一度方法を身につけると、どこでもできますし、何よりも道具が必要ないですし、コストもかかりません。

思考や感情に振り回され、その思考や感情と戦ったり、回避したり、ポジティブに置き換えたり、忘れようとするためにそうするのではなく、ただ、心や感情を観察するのです。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/onsei/kuusyou/

たとえば、呼吸の様子を意識できるのであれば、私は呼吸そのものではないのです。
呼吸は常に変化しています。

呼吸は浅くなったり深くなったり、早くなったり、遅くなったりしますが、呼吸に気づいている私は何も変わりません。

子供の頃と大人になった私を比較しても、姿形は変わったとしても、呼吸を意識している私は何も変わりません。

同じように、思考がどこにあるのか、それはどんな形なのか、映像なのか、言葉なのか。

一歩退いて思考を観察してみましょう。

思考も絶えず変化しています。

突然現れては、どこかに消えてゆきます。

常にどんな時も同じ思考がずっとある、ということはあり得ません。

思考は、あるときは本当ですが、あるときは嘘です。

あるときは悲しいものですが、あるときは楽しいものです。

このように絶えず変化しています。

そして、思考を意識しながら、思考を意識している私がいるのです。

思考を意識できるならば、私は思考そのものではないのです。

子供の頃と大人になった私を比較しても、姿形は変わったとしても、思考を意識している私は何も変わりません。

この話を聞いていても、思考は、絶えず分析し、考え、反論したり、非難したり、理屈で説明しようとするでしょう。

これが思考の働きなのです。

この思考の働きを、道を通りゆく人のように、道路を走りゆく車のように、勝手に行き来させておきましょう。

思考は、絶えず気を惹くことをしてみたり、ちょっかいを出したりしてきます。

それでも、それをそのまま眺めてみましょう。

感情もまた常に変化しています。

気分が悪くなったり、ストレスがたまったり、安心したり、不安になったり、いつもいつも変化しています。
怖くなったり、怒ったり、悲しんだりします。

その感情を眺めてみましょう。

感情を観察できるなら、私は感情そのものではないのです。

子供の頃と大人になった私を比較しても、姿形は変わったとしても、感情を意識している私は何も変わりません。

呼吸や思考や感情を意識している変わらない私は、空に似ています。

そして、思考や感情は天気のようなものです。

天気は絶えず変化しますが、ひどい荒れ模様になったとしても、空は全く被害を受けません。

どんなに激しい雷雨でも、荒れ狂う台風でも、猛烈な吹雪でも、空に危害を加えることはできないのです。

そして、空にはどんなひどい天気も受け容れる余裕がありますし、その悪天候も永遠に続くことはありません。

天気はどんどん変化していきます。

虹が見えることも、雷が鳴ることもあるでしょう。

けれど、それらが発生しても、空の様子は刻々と変化し、過ぎ去ってしまうものなのです。

私の心は、決して雲そのものではありません。

雲や雨はどこからか、わき出てやがてどこかに消えてゆきます。

空は、雲や太陽、雨や虹、それらをも含む「入れもの」なのです。

小さな雲の時もあるでしょう。

大きな雲が、空全体を覆ってしまう時もあるでしょう。

天気は常に変わってゆくものなのです。

空の中に、思考や感情、衝動が浮かんでは消えてゆくだけなのです。

どんな天気になろうと、空の本質には何の関係もないのです。

私の心の天気が、どんなふうに移り変わるのか、それをただただとらわれず、評価せず、判断せず、眺めてみましょう。

私たちは時々、空がそこにあることを忘れてしまいますが、それでもやっぱり、空はそこにあります。

空を見られないときもあります。

雲に覆われると、霞んでしまうからです。

ですが、もし雲の上まで上がっていくことができるとしたら、たとえ分厚い、真黒な積乱雲が立ちはだかったとしても、その向こうには、雲ひとつない晴天がどこまでも広がっているはずです。

これからもっともっと、私自身の、この晴天の部分を感じることができるようになっていけます。

この場所では、思考や感情に悩まされる必要がありません。

安全な状態で思考を観察し、受け容れることができます。

入れ物としての空の私は、思考や感情がわき出ては消えてゆく、それを眺めてみましょう。

もし巻き込まれたら、また空に戻りましょう。

この瞑想は空になりきることでもなく、長時間そこにとどまることでもありません。

巻き込まれたら、すぐ空の視点に何度も何度も戻ることなのです。

どうですか?

おもしろいでしょう?

すぐにできるわけではありませんが、慣れてしまうといつでもどこでもできるものなのです。

今、この瞬間、そこにとどまることを知ることは、地味ですが、人生を変える可能性のあるものでもあるのです。

こんなものも用意しています。

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エロ催眠・・・

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エロ催眠・・・

何とも言えないいかがわしい響きですね。
男性が催眠を学ぶとき、多かれ少なかれ、必ず意識するものでもあります。

多くのアダルトDVDや小説、コミック本、番組などを見ていると、どれほど催眠=エロと誤解されているかが分かるでしょう。

そして、これらを見た後に必ず考えるのです。

本当にこんなことできるのだろうか?

できるのなら、やってみたい!!

と。

実際、ネットを見てみると、そのような催眠を教えますとか、私は催眠でお持ち帰りをしました、とぬけぬけと言っている人も少なからずいます。

情報商材を買っても「女性を口説き落とすために、まず催眠術を学びましょう」というものがよくあります。

私たちのところにも、「エロ催眠を教えてくれるのですか?」とたまに問い合わせがあったりします。

果たして、催眠でエロなことができるのでしょうか?

エロな程度にもよりますが、お持ち帰りをしたり、たちまちにして本当に好きにさせて言いなりにする、ということは、

はっきり言いましょう、

ムリです。

もちろん、ものすごく被験性の高い人がいて、ごくごくまれにこのようなことができる場合もありますが、それでも、催眠はメッキですから、すぐに効果は失われます。

それに、よく考えてみてください。

女性とどのようにして付き合ったら分からない人が、どのようにして話をしたらいいのか分からない人が、催眠をして口説くことなんてできるでしょうか?

確かに古典催眠では、好き好き催眠と呼ばれるものがあり、その時は好きにさせることができますが、覚醒すると元に戻ります。

覚醒しなくても、時間の経過や睡眠によって元に戻ってしまいます。

では、アダルトDVDなどは嘘か、というと嘘ではないのです。

ただし、女優などはアダルトであることを知って出演するわけですから、当然、催眠誘導されてエロ状態になったとしても、女優としてはOKなのです。

道行く人を捕まえて、催眠誘導して口説く・・・何と滑稽なことではないですか。

ところで、恋愛はどのようなプロセスで起こるのでしょう?

あなたがある人を好きになるときのことを考えてみましょう。

決して相手はあなたに対して「私のことをだんだん好きになってきます」なんて言わないのです。

あなたは、好きでなかった人をある時から好きになるのです。

好きになる前は好きではなかったのです。

決して「好きだ」という光線が相手から出ているわけではないのです。

たとえあなたが相手を好きになったとしても、周りを見渡すと、事実は何も変わっていないのです。

一体何が変わったのでしょう?

あなたの頭の中で、その人に対する物事のとらえ方が変わったのです。

何も事実は変わっていないのに、あなたの思考や感情だけが「好き」に変わったのです。

これを人為的に起こすことができないか、そんなことを研究していたら、ついにこんなことになりました。

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催眠なんて必要ないのです。

マインドコントロールの仕組み

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先日、マインドクリエイト主催の「心理の館」の後の二次会で、

「マインドコントロールの仕組み」

についてお話ししました。

原理そのものは実は簡単なのです。

そして、マインドコントロールは、遠い世界の出来事ではなく、みなさんの身近にもあります。

新興宗教や自己啓発セミナー、ネットビジネス、占いや霊能者にはまってしまった人などなどです。

どうしてこんなふうになってしまったのか、外部から観察する私たちには、「驚き」という感情しかないのですが、彼らにとっては新しい幸せの中にいるのでしょう。

「騙されているよ」
「どう考えても、おかしいよ」

と告げようものなら、

「どうしてそんなネガティブなことを言うのだ」
「夢を持たない人間はダメだ。不可能なことを可能にしてきた人たちがいるではないか」

激しい否定の言葉にさらされてしまいます。

みなさんも経験があるでしょう?
このような人。

彼らは、いずれも、人生のある時期に、自分で解決不能な事態に直面し、その問題を解決するために、「新しい考え」を受け取ってしまったのです。

人は、ビリーフと呼ばれる、価値観や信念、道徳観などをもとに判断し、問題解決をするのですが、それで解決不能な場合に、新しいビリーフを取り入れやすくなるのです。

もともとビリーフは、どんなものでも人生のどこかの時点で取り入れたものなのです。

今も取り入れ続けている場合もあります。

ビリーフを取り入れる前は、それを信じていなかったのですが、取り入れた後は、それを信じ、それをもとに判断し、行動するのです。

つまり、ビリーフを取り入れやすい状態を作り出し、そしてこちらが望むビリーフを受け取らせたらいいのです。

しかも、ビリーフは「与えられたもの」ではなく、「自ら受け取ったかのように」巧妙に偽装すればいいのです。

では、どのようにしてそうするのか具体的な実践方法をまとめたものがあります。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/mc12/index.html

商売っ気のあるページですが、内容は本気です。

オカルトでもないし、催眠でもない、純粋に心理学を応用したものです。

こんなものを公表してもいいのか、とも思いましたが、実は、マインドコントロールの手法は、セラピーにも十分応用できるのです。

マインドコントロールとは、セラピーの一形態ということも可能です。

よければ、一度ご覧になってみてください。

命の洗濯

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更新をサボっていたわけではありません。

年に一度の大切な人たちとプライベートな旅行をしていました。
催眠や心理療法の専門家たちとの心の洗濯のための旅行です。

何気ない話題の中に大きなヒントを感じたり、そうかと思うと、新しい手法に関するひらめきがあったり、そうでないときはのんびりしていたり、日常の何気ないことをあらためて感じてみたりと得ることばかりの旅行なのです。

何よりも大切なのは、大切な人たちと、童心に返って遊ぶことができることです。
これに勝るものはありません。

心理療法とは、もともとの自分に、自分で付けてしまった「価値観」や「評価」などで、自分を苦しめ、人生に制限を与えるものを引きはがす作業なのです。

催眠を使ってもいいし、使わなくてもいいのです。

もちろん、催眠を使うと心理療法がやりやすくなりますが、催眠だけでは何も解決しないのです。

催眠はメッキにしかすぎないのです。

その時は上手くいくでしょうが、効果は長続きしません。

メッキだからです。

催眠技術を持っていることと、セラピーができることは別物です。

悲しいことに、催眠技術があるだけで、心理療法までできると錯覚している人が何と多いことか、と思います。

臨床経験がほとんどなく、まともに心理学を学んでいない人が、お金を稼ぐためだけに日記やブログで宣伝していることがよくあります。
あるいは、セラピーができないために、セミナーを開いてお金儲けをすることもやってのけます。

確かにお金を稼ぐことは大切なことです。

けれど、お金儲けのために、粗悪な商品をいいものと偽って販売するのはよくないことです。

まともな心理療法やコーチングなどできないのに、催眠という名のもと、偽ることもまた同様ですし、催眠の力で女性を意のままにというエロ催眠も全く同じものです。

何て傲慢な

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何て傲慢な、と思うことがあります。

セラピーにおいても「治してあげる」「治す」とか、
コーチングなどでも「導いてあげる」「導く」とか、

という言葉です。

「治す」とか「導く」というのは、悩んでいる人や何かを達成したい人より高いところにいて、いわゆる「上から目線」そのものではないですか。

そもそも、治る治らないは、クライエント自身の選択である上に、クライエント自身の持つリソースを利用してその改善や何かの達成をサポートすることしかできないのです。

導くことなんてできないのです。

その人にはその人の人生があり、その人に対してたくさんのツールを示しても、それを利用するかどうか、そのツールがその人になじむかどうかは、結局は、その人自身のものなのです。

ツールを示すだけで、そのツールを利用しないうちから、勝手にクライエントが変化してゆくことさえあります。

あくまでもクライエント自身が変化するそのきっかけにしかすぎないのです。私たちは。

空性の瞑想 「存在」と「私」について

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ついに・・・インフォカートで販売しました。

少し商売っ気のあるページで申し訳ないです。(^_^;)

しかし、内容は本気です。

「空性」の瞑想です。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~macht/onsei/kuusyou/

ここでの瞑想のテーマは「空」と「私」です。

物事の本質が空であるということは、仏教において唱えられています。
私たちもまた、仏教とは違った心理学的な観点から、物事の本質、特に、「私」についてその本質を見極めてゆきたいと思います。

ここでいう空性とは、存在しないこと、を意味します。
この世には、全く滅びもしないものはなく、全てのものは生まれ、そして消滅してゆくものなのです。
その本質は、空性、つまり、何もない、ということです。
そして、物事に対する誤った認識が、私たちの心から完全に消滅してしまうことであります。

テーマを一つ一つていねいに検証しながら、『苦悩する主体である私自身とは何か』について学びます。

ある人は、私たちが瞑想を扱うことを「宗教くさい」と言いました。

しかし、第3世代認知行動療法と呼ばれているACTやマインドフルネス認知療法、弁証法的行動療法などはその中心のエクササイズにはマインドフルネスがあります。

マインドフルネスとは、「今、ここ」の気づきであり、仏教の瞑想から宗教色をぬぐい去り、心理療法として確立した技法なのです。

そして、思考をただ眺める、ということを学ぶのです。

たとえば、思考との分離や思考は事実ではないというとき、その対処としてマインドフルネスが使われるのです。

これなくしては、単に思考は事実でないといったところで「ではどうしたらいいの?」という対策が全くないということになります。

このことは、本当に思考が事実でないことを理解していたら分かる、というものです。

事実、このように企業研修でも取り入れられています。

http://www.huffingtonpost.jp/2013/07/07/mindfulness_businesses_corporate_employees_meditation_n_3559283.html?utm_hp_ref=japan

ぜひこの音声誘導で味わってください。

しかも、この音声誘導では、「私」についての考察があります。

自分探し、という言葉がありますが、探している自分と探されている自分、この二人が存在することはありません。

つまり、探している自分の内にすでに自分がいるのですから、永遠に探すこと何て不可能なのです。

そして、何よりも、自分、つまり、「私」とは何か?という根本的なテーマについて深く考察します。

「私」は「私」というのは答えになっていません。

そもそも「私」とは何だろうか?

私のカバンというとき、「私」と「カバン」は別にあることになります。
つまり、カバンは私ではないのです。

私の手というとき、「私」と「手」は別にあることになります。
つまり、手は私ではないのです。

では、「私」はどこにあるのでしょうか?

そもそも「私」と思っている「私」は存在するのでしょうか?

もし、「私」が存在しないなら、苦悩する主体としての「私」もないわけです。

このようなことを音声誘導で学びます。

たぶん、衝撃を受けるかもしれません。

決して、無になったり、リラックスしたり、何かしらの不思議な力を得るような瞑想ではありません。

「私」そのものについての瞑想であるのです。

たぶん、さまざまな答えは、ここにあるのかもしれません。

秘密の会結成 (^_^)v

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マイミクのバンビさん、葵ちゃんたちの呼びかけで「癒やしの会」(仮称 まだ正式名は決まっていません)を開催しました。

たくさんの人に参加していただき、ありがとうございました。

モーラさん、ベアクロウさんもありがとうございます。

そして、他の参加者の方々も本当にありがとうございます。

今回は、参加者のうち女性が半数でした。(^_^)v

「癒やしの会」(仮称 まだ正式名は決まっていません)の目的は、催眠やセラピー、ボディーワークなどを中心に、お茶会という形式で、ざっくばらんに話し合ったり、技術の伝承をしたり、教えあったりすることです。

初心者や上級者にも心理学、催眠、ボディーワークなどに興味を持ってもらうことを心がけています。
そして、活動は一見ライトなものに見えますが、内容はしっかりとした深いものにしてゆきたいです。

この会では、催眠やセラピーにおいて「建前」ではなく、「本音」で語り合い、実践し合う場です。
したがって、濃い内容が随所に出てきます。

たとえば、

催眠で人を殺すことができるのか
エリクソン催眠の秘密
苦しみを消滅させるためのセラピーについて
古典催眠とエリクソン催眠の融合
ボディーワークの実践とその際の暗示の与え方
マインドコントロールの原理とセラピーへの応用
議論になった場合、どんなスキルが実際に役立つのか

シナリオもなく、堅苦しくなく、楽しく進めるつもりが、

いきなりコアな、マインドコントロールの話に・・・

そして、自己紹介は、催眠ができる人は挨拶がてらに何か催眠をすること、マジシャンは何かマジックをすることから始まりました。

いつものようにいたずら好きな私は、古典催眠で初めて遊びに来たAちゃんをめちゃくちゃにしてしまいました(何をしたかは想像に任せますね)(^_^;)

Aちゃん、ごめんなさい。(^_-)

持ち寄ったお菓子は山のように積まれ、いくつかのグループに分かれてそれぞれがそれぞれの分野で得た知識や技術を披露していました。

私は所用があり、中座したのですが、15時30分から18時30分の予定が、23時頃まで続いたとか・・・

この会のルールを設けたいと思っています。

1 楽しみましょう
2 学びましょう
3 年齢や性別、職業は全く関係なく、同好の士として付き合いましょう
4 濃い内容であるため、この会で知ったことはみなさんの心にとどめ、秘密にしましょう

今後は、催眠やセラピー、ボディーワークなどを中心とした仲間での、日帰りパワースポット、心霊ツアーやグルメツアーなども予定しています。
もちろん、常に催眠やセラピーへの理解を深めることを目的としたツアーです。

特に心霊ツアーでは、暗示をどのように入れたら、何が起こるのかの実験もしたいと思います。

これらの活動をきっかけに、より深くいろんなことを知り、体験し、自分自身や対人関係、対社会関係に応用できる学びがあればいいと思っています。

次回は 8月10日 13時30分からです。
会費は無料です。

興味がありましたら、https://v-d-s.net/?page_id=3134 のお問い合わせからお願いします。

マインドフルネス

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私たちは苦悩の原因は、人の思考にあると考えています。

思考を事実と錯覚するとき、そして、その思考には「理由づけ」や「評価」、「比較」などさまざまなものがまとわりつき、単なる思考を事実であるかのように見せています。

私たちの方法は、最新の心理学(第3世代認知行動療法やマインドフルネス認知療法など)をベースとしており、思考は思考、事実は事実として、自己の体験(思考・感情・身体感覚・etc.)から距離をとりそれをただ眺めることを訓練します。

それは、いくつかの練習を通じて思考や感情にこだわることなく、心や身体に生じていることをただ観察する感覚を体験するものです。

「今この瞬間」に向き合うことに、一歩スタートするということがとても貴重なものなのです。

そして、「今この瞬間」にただ向き合うことによって、自分という存在が、浮かんできた自己の体験に囚われずただ向き合う存在なのだという感覚も味わうことができるのです。

さらに、マインドフルネスの技法も習得します。

このマインドフルネスによって、、時間の流れとともに浮かんでは消える様々な思考・感情・身体の感覚等に意識を向けつつ「今この瞬間」に留まることを学んでいきます。

マインドフルネスとは、言葉で説明すれば、出来事やそれに対する思考や感情等をあるがままに眺め、それらを回避したり争わずに、人生のあらゆる瞬間に、とらわれることなくただ意識をとどめる状態をいいます。

それは、自己の体験(思考・感情・身体感覚・etc.)を観察するための方法なのですが、なぜ観察する方法をわざわざ学ぶのでしょうか?

私たち人間は言語・思考・感情の影響をうけすぎてしまいうことをこれまでに何度もブログで説明しました。

つまり、それらと距離をとり、心理的に柔軟に接することで判断や行動を支配されず、あなたの本当に送りたい人生をおくれるようにするためです。

そして、マインドフルネスの技法を学ぶ上で、もっとも重要なことは、十分に練習をし、日常生活の中で活用をすることです。

これが一番重要です。

おそらく、マインドフルネスは、マインドフルネスの技法の練習や実践なしには習得や理解も難しいでしょう。

でも、逆に言うと、練習や実践を通して学ぶことが自然な技法なのです。

練習や実践を通して学んでいけば、あなたは「今この瞬間」に留まる感覚を徐々に習得できるでしょう。

そうすると、それはあなたにっとっていつの日にかごく当たり前のことになっていることでしょう。

そのためにも、練習や実践に取り組みましょう。

催眠いたずら日記 その2

Son of Goa

以前、催眠いたずら日記を書きましたが、大好評なので調子にのって第2弾。

根っからのいたずら好きな私が催眠を覚えたら、もうめちゃくちゃなのです。

ご迷惑をかけたみなさんには、今さらながら <(_ _)>

【その1 トイレで・・・】

京都のマインドクリエイトで、まじめ?に催眠を学んでいた頃、

前回のブログにも出てきた被験性が非常に高いM君。

彼に、「トイレに行って、出るときにドアの開け方をすっかりと忘れてしまいます。」と後催眠をしていました。

M君、しばらく催眠を楽しんだ後、トイレに・・・。

なかなか出てこないM君。

少ししてから、「誰かードアを開けてください~」とM君の悲痛な声とともにドアをドンドン!!

実は私自身が、後催眠をしたことをすっかりと忘れていたのでした。

【その2 幸せなステップ】

M君以上に被験性の高いSさんがいました。

石川県から来ているSさんは物理学を専攻中で、頭の構造は非常に理科系なのですが、また驚くほどに被験性があるのです。

私は、Sさんに

「右足で2歩前に進み、左足で1歩前に進むと、幸せな感じがして気持ちいい」と催眠しました。

覚醒するのを忘れた私。

Sさんは、京都の街の中でも、京都駅でも、そして石川県に帰る間も、人目もはばからず、幸せのステップで帰ったとさ。

たぶん、通行人はビックリしたに違いないです。

【その3 旅館で】

毎年、催眠の大御所の南先生をはじめとして、中井先生、城咲梁たちとプライベートな旅行をしています。

高野山の宿坊に泊まったり、廃村を廻ったりして楽しんでいます。

去年は、奈良の吉野にあるとある老舗の旅館へ。

そこで発見したのが、とてもとても被験性の高そうな女性従業員。

しかも、素朴できれいな人でした。

帰り際、けなげな態度で「ありがとうございました」と見送る彼女。

そこに、悪の城咲梁が「ありがとうございました」と近づき、ハンドシェイクインダクションで彼女を硬直させ、動けなくさせていました。(^_-)

あ~あ、梁・・・

さて、今年も旅行が間近にあります。

毎回、催眠術師たちが旅行すると珍道中になるのですが、今年は何が起きるやら・・・(^◇^;)

このように催眠は楽しいものでもあります。
そして、本当に奥深いものでもあります。

みなさん、催眠のイベントがあればお目にかかりましょう。