心理技術としてのマインドコントロール

could-military-mind-control-get-out-of-hand-video-85127ffe70

洗脳やマインドコントロールというとネガティブなイメージしかありませんね。
けれど、どこか人の心をくすぐるのも事実なのです。

なぜか。

人は簡単にはコントロールできないからです。
簡単にはコントロールできないと言うことを知っているからこそ、その夢を求めているのです。

いえ、正確に言うと、一時的にコントロールすることは日常で頻繁には行われています。
たとえば、セールスやCMなどです。
あるいは、泣いたり騒いだり、困らせたりして人をコントロールもしていますね。

けれど、多くの人が洗脳やマインドコントロールに求めているのは、このような一時的なものではなく、価値観や信念すらコントロールする、というものでしょう。
いわゆる「意のまま」というやつです。

そしてそれがいとも簡単に可能であるとして、洗脳やマインドコントロール関連本が多く出版されているのです。
催眠もその範疇に入るかもしれませんね。

気を送ったり、念力を使ったり・・・いわゆる何もせず、思うだけ、イメージするだけ、特殊な呼吸をするだけで洗脳やマインドコントロールができるはずがないことは、体験的に分かっているでしょう。

そんなことが可能なら、人類の歴史の中で数多く誕生した独裁者が叶えているはずでしょう?

バカげていると思いながらでも、それでも引っかかってしまう「オレオレ詐欺」と同じようなものかもしれません。
むしろ、そのような方法で可能であると信じている人の心理こそ、マインドコントロールの研究対象なのです。

魔法は存在しません。

ですから、このような「魔法」は全くの無害ですから、考慮する必要はありません。

一方で、カルトやネットワークビジネスなどで「まるで人が変わったかのように行動し、何かを信じている人たち」がいるのも事実です。

ということは、やはり、そのような魔法があるのではないか・・・と思いますよね。

魔法ではありませんが、心理学のさまざまなテクニックを利用すれば、人は私たちが思う以上にいとも簡単に価値観や信念を変えてしまうことがあります。
私を含め人間とは、このように脆弱な存在でもあるのです。

一般に、洗脳は強制力、暴力、拘禁が伴い、恐怖によって支配されている時だけは、行動は変化しますが、価値観や信念の変容を伴うことは少なく、その支配を逃れると、元に戻るものです。

尼崎連続変死事件がその例かもしれません。
首謀者が捕まったり、亡くなったりすると、元に戻ってしまうのです。

一方、マインドコントロールとは、あたかも自分が自由に選択したように思わせ、自分で行動したかのように信じさせる技術です。
つまり、その人の価値観や信念の変容を伴い、強制力も暴力もなく、あたかも自分の意思で選択したかのように行動し、判断するのです。

周りから見てどんなに滑稽であったとしても、

「私たちは正しいんだ。それを理解しない人こそ、私たちの幸せをねたんでいるのだ。そんな人とは付き合わないぞ。もっと優れた同じ信仰を持った人と付き合うぞ」

と振る舞っている人たちです。

説得すればするほど、頑なになり、被害者意識やゆがんだ優越感が顔を出し、攻撃的になり、ますますのめり込んでしまうのです。

ここまで来れば何を言っても無駄なのです。

さて、人をこのように変容させるマインドコントロール技術は、純粋に心理学的なものです。

それは、魔法が叶えるのではなく、心理的技術によって可能となります。

「仕組み」を知ることは、知らないうちに「仕掛け」にかからないことでもあるし、その「仕組み」を使うことでもあるのです。

マインドコントロール技術は、包丁のようなもので、その技術そのものは正しいも悪いもありません。
美味しい料理を作ることもできれば、人を刺すことにも使うことができます。

それは使う人の意思によるものです。

これまでは「悪い企み」として限られた人たちに対してセミナー形式で公開していました。
それをより整理して、実践的に何らかの形で紹介しようと計画しています。

優れたカウンセラーやリーダーになるか、カルトの教祖や霊感ビジネスを展開するか、それはこのテクニックの使い方しだいなのです。

私たちは、タブーを設けることなく、真摯に研究を続けていきたいと思っています。

人生と心の自由を手に入れるために。

人に安心を与えても・・・

thumb45455

もし、友人が悲しみの中にいて、うちひしがれている時、
どうしようもなく不安を感じて、沈んでいる時、
自分をダメと決めつけて、落ち込んでいる時、

みなさんは友人に対して、どうするでしょうか。

きっと、悩みを聞いたり、励ましたり、勇気づけたり、あるいは何もできないけれど一緒にいてあげたり、そんなことをするでしょう。

そうすることによって、友人は落ち着きや現実を見つめる目、勇気、自信を取り戻すこともあるでしょう。

みなさんは優しい人ですから、友人に対してはきっとそうするでしょう。

あなたに何もできない時、言うことすらできない時でも、きっときっと優しい目で見守ることでしょう。

では、あなた自身がそうなった時、どうしていますか?

たぶん・・・

「自分はろくでなしだ」
「情けないやつだ」
「惨めなやつだ」
「なんて弱虫なんだ」
「死んでしまえばいいのに」

と、自分に言い続けていることでしょう。
それどころか、過去の経験のうち、この言葉に合う証拠や体験だけを拾い上げて、ますます「ダメだ」ということを証明していませんか?

もし、これを先ほどの友人にずっと耳元で囁いたら、どうなると思いますか?
友人のいいところはきれいにスルーして、惨めな状況のみを取り出して、「こんなこともあった、あんなこともあった」と証拠を突きつけたらどうなるでしょうか?

そう、あなたは、人に対しては励ましたり、安心させたりできても、自分に対しては、もっと絶望することを耳元どころか、頭の中で囁き続けているのです。
それも自動的にそうしてしまうのです。

たちが悪いことに、頭の中の囁きは、あたかも事実のように感じてしまうのです。

これでは、ますます惨めになってしまうばかりです。

私たち人は、他人に対しては許しや慈しみを持ったり、安心を与えたりはできても、自分に対しては、絶望や惨めさを与えてしまいがちなのです。

そんな時、自分を友人だと思って、その友人を慰めるように、自分を扱ってみたらどうでしょうか?

こういうことに気がつくのとつかないのとでは大きく違いますよね?

なぜ?より、どうすれば?

images888

ブリーフセラピーという言葉を聞いたことがある人も多いはずです。
「短期療法」とも呼ばれています。

原因の特定にこだわらない、「問題指向」ではなく「解決指向」の療法で、比較的短期に改善する療法がブリーフセラピーと呼ばれています。

ミルトン・エリクソンを源流とするセラピーがその代表格でもあります。

これまでは心の問題について、原因の特定や分析に時間を費やしすぎ、効果もあまり見られなかった精神分析や幼児体験によるトラウマ療法が中心でした。

でも、考えてもみてください、単なる仮説概念にしかすぎない「潜在意識」や「無意識」をあたかも事実であるかのように扱い、そこに何かしらの原因があるはずだと思い込み、それを治療するのはあまりにも科学的な手法とは言えないでしょう。
しかも、セラピストが「あなたの無意識にこんな原因がある」と決めつけたら最後、無意識にあると言われたのですから、言われたクライアントは反証不能に陥るのです。

クライアント「いや、そんなことはない」→セラピスト「無意識や潜在意識にあるからあなたには分からないんだ」と決めつけられるわけです。
何だか、ひどいものですね。

家が倒壊して助けを求めている人に、

どうして家が壊れたのか
家の構造はどうであったのか
なぜ、この人はこんな時間にここにいるのか
土地の地質はどうであったのか

そんなことを問うても仕方ないことです。

それに、原因は必ずしも特定できるものでもなく、特定したところでどうにもならないです。
原因は関係なく、問題もどうでもよく、むしろ問題というものは作られるもの、という発想が根底にあります。
誰だって、セラピストから「何についてお困りですか」と聞かれると、問題について考えはじめるのは当然です。
このように問題は作られてゆくのです。

「なぜ」という考えより「どうすれば」という考えを持つのです。

家の倒壊の話でいえば、家を分析したり、倒壊の原因を調べることより、今、助けを求めている人に対して、助けること、そしてこれからの治療を受けさせることが大切なことでしょう。
ブリーフセラピーはたとえでいうと、このような解決指向型のものなのです。

ブリーフセラピーには3つの大原則があります。

① もしうまくいっているなら、変えようとするな。
② もし一度やって、うまくいったのなら、またそれをせよ。
③ もしうまくいっていないのなら、なんでもいいから違うことをせよ。

あなたが何かに苦しんでいる時、同じことをやり続けて苦しむ必要はないのです。
そうであるならば、これまでの対処法とは違ってことをする、というのが大切なこととなります。

私たちは、このようなブリーフセラピーの考えを基本に、コーチングやセラピーなどを行っています。

「なぜ、こうなったのか」より「どうすれば解決するのか」それを一緒に考えてゆきましょう。

「急速にネガティブな感情・症状を低減させるセラピー1日マスターコース」

pic_g214

「急速にネガティブな感情・症状を低減させるセラピー」を
学びたいという人が増えてきましたので、
このセラピーを1日でマスターするセミナーを開催します。

5月18日のミニセミナーの受講生のバンビさんから体験談をもらいました。

体験談

これは作り話ではなく、現実のお話しです。

もちろん、人によって効果は違いますが、
それでも大きな改善を生み出すことができる、というものです。

実は、バンビさんのように劇的な効果があった人は多くいます。
私たちの方がビックリするくらいです。

開業している方はもちろんのこと、
自分に対しても、知り合いや家族、大切な人に対しても、
大きな手助けとなります。

セラピーの特徴

・悩みの内容を人に話す必要がない
・非常に短時間で効果が出やすい(1回が30分以内で終わります)
・現実は変わらないのに、その時に発生していたネガティブな感情は、頑張っても出にくくなる
・効果は、ほぼ半永久的
・少しのコツで身につけることができる
・個人でも使うことができる(自分に対しても、知り合いや家族、大切な人に対しても)
・ベースは、エクスポージャ、アクセプタンス、EMDR、フォーカシングなど純粋な心理療法です。

原理は非常に簡単です。
要は、認知行動療法の一種であるということです。

もし、あなたが「嫌だ!!」「怖い!!」「不安でどうしようもない!!」

などというものがあった場合、どうしますか?
たぶん、避けたり、戦ったり、ごまかしたり、忘れたりしようとするでしょう。

つまりは、いつまでもその感情や思考にとらわれ、やりたいことができないでいるでしょう。

しかしこのセラピーの後だとどうなるかというと、
多くの人に共通していることは、

・「嫌」というものは変わりないですが、恐怖や不安や身体症状がスッポリと消える。
・まるで、他人事のようにそれを見ることができる
・戦ったり、避けたり、もがいたりすることがなくなる

こうなると何ができるかというと、

・やってみたかったこと、避けていたことができるようになります。
・ストレスの原因となっていたものが、もはやそうではなくなる。

これは、大きなことなのです。
できなかったことができるのですから、

『未来や可能性は大きく広がるのです!!!』

私たちはこのセラピーを本当に学びたい人に対してだけ、

『その方法を公開することとしました!!!』

セラピーを受けたい人はもちろん
セラピーをすでに行っている人で、学んでみたい人
自分のこれからのために身につけてみたい人などが対象となります。

偶然の錯覚

free-illustration-birthday-party-animals

人はだまされやすい、というより、錯覚しやすいという傾向があることはもう何度も述べました。

そもそも私を含めて人とはそういうものなのです。

たとえばこんなことはどうでしょう?

『ある学校のクラスには40人の生徒がいます。その中に誕生日が同じ人の組み合わせが、少なくとも一組以上いる確率は何パーセントでしょう?』

誕生日が同じなら、運命的なものを感じることもありますね。
運命的なものを感じるということは、ほとんど確率が少ない中で、一致する、ということでもあるのです。

多くの人は、一致する確率は1/365 と考え、かなり確率は低いと考えるはずです。

ところが、これが盲点なのです。

もし、答えが約90パーセントといえば驚くでしょうか?

答えは約89.1パーセントなのです。

このように確率的に低いように思うことでも、本当は確率が高いものがあります。

逆に、本当に確率が低いものでも、それに出くわした時の印象が強ければ、出くわさない時のことを忘れて、あたかも「そのことが頻繁に起きる」と錯覚するのです。

「私が時計を見ると決まって12時34分だ」と思いがちですが、本当はしばしば時計を見て、外れている時のことは忘れてしまっているのです。
そして、印象に残るものは鮮明に覚えてしまうのです。

そうすると、「私が時計を見ると決まって12時34分だ」と信じてしまうのです。

人は意味づけする動物です。
そして、全く関係のないことにも、何かしらの意味をつけてしまうものなのです。

いったん意味づけすると、その意味づけする証拠を探し出して、補強します。
その時、意味づけに一致しないものは切り捨ててゆくのです。

心理学を日常に使うというのは、これらのトリックを分かった上で、しっかりと判断し、人や自分のためにこれらのスキルを応用し、コミュニケーションをより良くし、自分の夢の実現に活用するのです。

そうだ!! 不安になろう。

nayami

『不安な心の癒し方』(ロバート・リーヒ アスペクト)を読んでいたらまたこれがおもしろいのです。

この本は認知行動療法について素人向けに分かりやすく書かれているものです。
認知行動療法は、心理療法では保険適用ができ、エビデンスもかなり豊富な最も効果があるものといわれています。
日本では思考の内容を書き換える第二世代が主流ですが、アメリカなどではマインドフルネスなどを利用した思考をそのままにする第三世代が主流となっています。この本は主として第二世代ですが、第三世代のテクニックもまた簡単に紹介されています。

ここで書かれてある最初の話がおもしろいので紹介しておきます。(アレンジしています)

—————————————————————————

不安にならないことを考えるために、まずはどうしたら不安になるか考えよう、というものです。
ジャングルから出てきて不安というものを知らない人に、どうすれば不安になるのか教えるところから始まります。

そもそも、不安はいつ起きるのでしょうか、何がきっかけで不安になるのでしょうか。

何か悪いことが起きたときに不安になるのかと言えば、そうではなく、悪いことが起きていないうちから不安になっています。
では、不安が起きるのは悪いことが起こりそうなときかといえば、それもそうでなく、それ以前のこととして、悪いことが起こると、どうやってわかるのでしょうか?
悪いことが起こるどころか、心配していたことの大半は実際には起こらないものですから。

不安になるということはどういうことか・・・・
それは、本当に起こってほしくないことを心配することかもしれません。
もし、そうなら、そんなことぐらいならいくらでもあるし、不安のネタは尽きることがありませんね。

ネタがあるだけでは不安にはならないから、では、このネタに集中することが必要です。
けれど、ネタに集中しようとすれば、いろいろな雑念で集中できないので、集中するためにストーリーを考えましょう。
それも出来るだけ細かい描写で、「もし~したら」で話をふくらませ、できるだけ恐ろしい結末を用意しましょう。
しかもしょっちゅう思い出し、もっと細かな描写をし、ストーリーをふくらませ、あらゆる可能性を想定しましょう。

そうすると不安になることができるような気がしてきます。

ここから不安になるためのルールが発見されます。

『不安になるための7つのルール』

【ルール1】
「悪いことが起きるかもしれないと常に頭の片隅で覚えておく。自分にはその責任があると考え続けること」

【ルール2】
「不確実な点を許してはいけない」
自分の人生から、不確実な部分を取り除き、完全にはっきりとさせると、ようやく安心することができる。

何度も医者に行って、「大丈夫」と言い続けてもらう。
友人や家族に「大丈夫」と言ってもらい、確認し続ける。
あらゆる努力をし、あらゆる兆しを見つけ、すべてに対して事前にわかっておく必要がある。

【ルール3】
「あらゆるマイナス思考の思いつきを、本当のことのように受け取る」
もし誰から嫌われている気がしたら、きっとそうなのだろう。
想像したことを現実のように感じれば感じるほど、不安は募る。

【ルール4】
「何か悪いことが起きるとしたら、それは自分の人間性の問題であると考える。」
自分のその状況の中心に持ってくる。
試験の結果が悪い → 自分が無能
恋人が怒っている → これから自分が孤独で惨めな一生を送るという意味に違いない。

【ルール5】
「失敗は許されない」
失敗しようものなら周りに知られ、それで自分の評価が決まってしまう、と考える。
「自分が失敗に対処できるわけがない」と考えることによってますます不安でいっぱいになる。

【ルール6】
「あらゆる否定的な感情は、直ちに取り除かなければならない」
不安で胸がどきどき、胃が締め付けられ、頭が痛く、耳鳴りがする → これほど苦しめるくらいだから、本当に重大で大変なことに違いない。
だから、直ちに取り除かなければいけない。

【ルール7】
「何事にも緊急事態のように対処する」
否定的な感情はなかなか取り除けない。
放っておくともっと大変なことになる。
本当に恐ろしいことになるかもしれない。
常にこれらの問題を一つ一つ丹念に繰り返し考え、直ちにどうしようか、と自分に言い聞かせる。

実は、8番目のルールがある

【ルール8】
「不安になること自体に不安になる」
「不安にはなったが、今度は全く不安にならないようにしなければ、気が狂ってしまうか変になる」

これでようやく安心して不安になることが出来るのです。

そして、このようなことをしている間、本来、今、ここで自分が出来ることを全部止めてしまっていますし、出来ないことばかりが増えています。
自分が「イヤ」と評価した人や状況を避けたり、自分を傷つけたり、人間関係を壊したり、他人に挑戦したり、試したりして多くのものを代償として支払い続けています。
代償を支払うことすら、もっともらしい理由づけをします。

でも、このルール、よく見ると不安が自作自演であることに気がつきますよね?

私たちと一緒に、不安のすり抜け方を学びませんか?

最強の議論・・・ケッサクです

8ff7928fed927eae64e9498b6e1214801

人間関係にテクニックなど心理学を用いるなんて、とんでもない、という人も多いかと思います。
けれど、人と人がいるとき、必ずコミュニケーションが生まれますし、そこには意識的にしろ、無意識にしろ、善意にしろ、悪意にしろ「駆け引き」が出てきます。

その、最たるものが恋愛でしょう?

石井裕之さんがこんなことを言っています。

テクニックを用いることのどこが悪いのか・・・
たとえば、あなたが病気で入院し、手術が必要なとき、

① あなたを助けたい気持ちは世界一あるが、手術の技術はない
② あなたを助けたい気持ちは全くないが、手術のテクニックは世界一

どちらを選びますか?

間違いなく②を選ぶでしょう。

思うことより、行動が大切なのです。

確かに気持ちは大切でありますが、現実は、自分の気持ちは正確には相手には伝わらないものなのですし、相手の気持ちも正確には分からないものなのです。

相手に伝わった、相手の気持ちはこうに違いない、という思い込みがあるだけなのです。

思い込みの強い人は、「どうして私の気持ちや他人の気持ちが分からないんだ」と言います。
けれど、推測はできますが、本人の気持ちは本人でない限り分からないのです。

それを「分かる」「分かった」というのは、どだい無理な話なのです。

むしろ、「分からない」ということを前提に、相手をいたわり、思いやり、許す気持ちの方が大切なのではないでしょうか。

そうであるならば、心の中でどのように思おうが、行動は自由なはずです。

相手が分からないから、相手と違いがあるからこそ、相手を理解し、私を理解してもらおうとするのがテクニックなのです。

思うこと、思ってしまうことまで「悪意がある」と指摘し、さまざまなネガティブな評価をすることは、マイルールを人に拡張しているだけなのです。
人の内心を評価したところで、どうにもならないのですから。

人の評価は、その人がどう思っているのかではなく、どう行動するか、なのです。
なぜなら、何を思っているか、そんなもの本人にも分からないでしょうし、他人から分かるはずもありません。
まして、思うだけなら自由なのです。
何よりも、思うことと行動は違うものなのですから。

思うことと行動を一致させるとするなら、私たちは、今頃は刑務所か病院、あの世にいることでしょう。

ところで、2ch を見ていたらこんなものがありました。

ケッサクです。

全てのテクニックがすっ飛びそうですね。

女『車のエンジンがかからないの…』
男『あらら?バッテリーかな?ライトは点く?』
女『昨日まではちゃんと動いてたのに。なんでいきなり動かなくなっちゃうんだろう。』
男『トラブルって怖いよね。で、バッテリーかどうか知りたいんだけどライトは点く?』
女『今日は○○まで行かなきゃならないから車使えないと困るのに』
男『それは困ったね。どう?ライトは点く?』
女『前に乗ってた車はこんな事無かったのに。こんなのに買い替えなきゃよかった。』
男『…ライトは点く?点かない?』
女『○時に約束だからまだ時間あるけどこのままじゃ困る。』
男『そうだね。で、ライトはどうかな?点くかな?』
女『え?ごめんよく聞こえなかった』
男『あ、えーと、、ライトは点くかな?』
女『何で?』
男『あ、えーと、エンジン掛からないんだよね?バッテリーがあがってるかも知れないから』
女『何の?』
男『え?』
女『ん?』
男『車のバッテリーがあがってるかどうか知りたいから、ライト点けてみてくれないかな?』
女『別にいいけど。でもバッテリーあがってたらライト点かないよね?』
男『いや、だから。それを知りたいからライト点けてみて欲しいんだけど。』
女『もしかしてちょっと怒ってる?』
男『いや別に怒ってはないけど?』
女『怒ってるじゃん。何で怒ってるの?』
男『だから怒ってないです』
女『何か悪いこと言いました?言ってくれれば謝りますけど?』
男『大丈夫だから。怒ってないから。大丈夫、大丈夫だから』
女『何が大丈夫なの?』
男『バッテリーの話だったよね?』
女『車でしょ?』
男『ああそう車の話だった』

映画「催眠」 懐かしいです・・・催眠で人は殺せるか?

TDV2575D

映画『催眠』より

今、この映画を見ても興味深いところが多いです。

「催眠で殺人ができるか」

つまりは、「催眠で人をどこまで操ることができるか」という、催眠に興味がある人なら必ず妄想するテーマです。

ショー催眠では、最初に

「催眠でその人の道徳や価値観に反することはできません。犯罪をさせることはできません」

と説明がありますし、さまざまな催眠関係の本にも書いています。

そう言わないと、みんな怖がるからです。

これについては、いくつもの実験が行われています。

結論は、『よく分からない』というものです。

というのは、どのような暗示を与えるかによって、それは可能となるからです。

「服を脱ぎなさい」
「人を刺しなさい」

という直接的な暗示なら、ほとんどの人はそれに従うことはないでしょう。

少しだけ考えてみてください。

あなたが人を刺さざるを得ない、あるいは刺したいという状況は全くないですか?
つまりは、その人が持っている信念や価値観、道徳観などのビリーフを変容させてしまうことができれば、簡単にそれは行われてしまいます。

先の実験でも、そのような状況下を暗示で作り出し、かつ、被験者がそれを受け入れる時、実験は成功したのです。

催眠だけで、このようなことが可能とはなりませんが、催眠的な手法を使って、ビリーフをいかに変容させるかというところに焦点を置くと、それは可能となります。

「Conquest of Mind 催眠研究会」では、こんな研究を行っています。

年齢退行催眠

Mind-Control

年齢退行催眠という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。

催眠下で、年齢退行をすると記憶が呼び起こされる、というあれ、です。
催眠という言葉で思いつくものの代表格のようなものですね。

そして、何人かは「忘れていた記憶を思い出した」というのです。

事実、催眠中に、このように忘れていたものが思い出されるということはよくあることです。

実は、ここに大きな落とし穴があるのです。

年齢退行催眠についてのいくつかの問題点を挙げておきます。

一つ目は、催眠によって「思いだしたもの」がほとんどの場合、事実かどうか確かめるすべがないということでもあるのです。目撃者のこれまた「記憶」に頼るらざるを得ないことが多いのではないでしょうか。
けれど、あなたは56日前の昼食が何であったか思い起こすことができますか?
記憶なんてその程度のものなのです。

二つ目は、催眠状態になると自分が経験したことと見聞きしたことの混同がよく起きたりします。
つまり、それが自分が経験したものでないのに、あたかも自分が経験したもののように記憶を改ざんしてしまう働きがあるのです。
夢は目覚めたときによく覚えていたりしますが、時間が経つとともに、細部が分からなくなり、場合によっては、さまざまに作り替えられてゆきます。
こんな経験、よくありますよね?

三つ目は、催眠から覚醒した人には「事実と違うことを言っている・思い出してしている」という自覚がないために、その内容を信じてしまい、そして、それにあった証拠だけを集め、ますます信念を強固にしてしまう傾向があるのです。

四つ目は、催眠者が意図しようがしまいが、その暗示によって、記憶が形成されることすらあります。

いずれの場合も、このように、『催眠』というキーワードが出てくると、不思議なことに無批判にそれが事実だと簡単に信じてしまう人が多いのです。

アメリカでは、催眠下で「親にレイプされた記憶を思い出した」として親を訴えるという痛ましい裁判があったりします。
いわゆる有名な「ニセ記憶に裁判事件」です。

年齢退行催眠は、催眠を楽しむという意味ではおもしろいものですが、それを無批判に事実として信じてしまうことは、被験者の心の状態や在り方に大きく関わっているものでもあります。

催眠で思い出したことがあったら、まず、それが事実であると信じずに、本当のところはどうか、という姿勢で臨むことが大切ではないでしょうか。

思い出したものと事実は違うということ、これはしっかりと分かっていただきたいと思います。

逆に言うと、年齢退行を主とした治療手段としている安直な催眠家は、要注意ということになりますね。

うっかりしていると・・・・

________5_

 

これまでいくつかの心理ゲームで、人がどれほど思い込みやすいのか、そして、いったん思い込んでしまうとなかなか自説を変えようとしないという傾向も紹介しました。

では、もっとかんたんなものを・・・・

10円玉を5回投げたとします。

○—表
●—裏

とすると、

① ○○○○○
② ●○○●●

どちらが出る確率が高いでしょう?

たぶん、多くの人は②を選んだはずです。
なぜなら、①のようにきれいに表が揃う経験より、裏表が入り交じった組み合わせの経験の方が多いからです。

しかし、確率は同じなのです。

このように経験に頼りすぎると、判断を誤る傾向が強くなります。
この傾向は、たとえば、賭け事などにとりわけ強く現れます。

さまざまなジンクスと関連づけて、確率をジンクスや念力で左右しようとしますし、実際できたという主張をする人もいます。
その時には、ジンクスが当たらなかったときのことは忘れて、当たったときの証拠だけを集めてゆくという間違いを犯します。
本来、当たったときの証拠を集めるよりも、当たらなかったときのことを検討するのが合理的なのですが、どういうわけだか、思い込みを強固にする証拠だけを蓄積してゆくのです。

しかも、変えられない事実に対して、思考が影響を与えると信じてしまう錯誤すら犯してしまうこともあるでしょう。
この時は、自己の力を過大評価し、現実を過小評価しているのです。

私たち人間は、このような錯誤に陥りやすいのです。
いったん錯誤に陥ってもなお、自説にこだわってしまうと、苦悩に陥ることすらよくあるでしょう。

もし、このような錯誤に陥らず、そして、しっかりと判断できるなら、今よりももっと素晴らしい生き方ができると思いませんか?
私たちが陥りやすいカラクリを知るのと知らないのとでは、大きな違いがあるでしょう。きっと。

私たちは、生活や人生に心理学を徹底的に活用することによって、まるで「魔法使いのように」生きることを目的としています。