もし、自分を他人のように・・・

もし、友人が悲しみの中にいて、うちひしがれている時、
どうしようもなく不安を感じて、沈んでいる時、
自分をダメと決めつけて、落ち込んでいる時、

みなさんは友人に対して、どうするでしょうか。

きっと、悩みを聞いたり、励ましたり、勇気づけたり、あるいは何もできないけれど一緒にいてあげたり、そんなことをするでしょう。

そうすることによって、友人は落ち着きや現実を見つめる目、勇気、自信を取り戻すこともあるでしょう。

みなさんは優しい人ですから、友人に対してはきっとそうするでしょう。
あなたに何もできない時、言うことすらできない時でも、きっときっと優しい目で見守ることでしょう。

では、あなた自身がそうなった時、どうしていますか?

たぶん・・・

「自分はろくでなしだ」
「情けないやつだ」
「惨めなやつだ」
「なんて弱虫なんだ」
「死んでしまえばいいのに」

と、自分に言い続けていることでしょう。
それどころか、過去の経験のうち、この言葉に合う証拠や体験だけを拾い上げて、ますます「ダメだ」ということを証明していませんか?

もし、これを先ほどの友人にずっと耳元で囁いたら、どうなると思いますか?
友人のいいところはきれいにスルーして、惨めな状況のみを取り出して、「こんなこともあった、あんなこともあった」と証拠を突きつけたらどうなるでしょうか?

そう、あなたは、人に対しては励ましたり、安心させたりできても、自分に対しては、もっと絶望することを耳元どころか、頭の中で囁き続けているのです。
それも自動的にそうしてしまうのです。

たちが悪いことに、頭の中の囁きは、あたかも事実のように感じてしまうのです。

これでは、ますます惨めになってしまうばかりです。

私たち人は、他人に対しては許しや慈しみを持ったり、安心を与えたりはできても、自分に対しては、絶望や惨めさを与えてしまいがちなのです。

そんな時、自分を友人だと思って、その友人を慰めるように、自分を扱ってみたらどうでしょうか?

こういうことに気がつくのとつかないのとでは大きく違いますよね?

レベル2で学ぶこと ~ 人生に使う

レベル1では苦悩についてその正体を調べ、その対処法について述べてきました。

日常生活で苦痛に出くわし、それが苦悩になる前、なった後も

思考との分離やマインドフルネス、ラベル剥がし、アクセプタンスなどさまざまなスキルですり抜けることができるでしょう。

これらは、あなたが思考や感情をコントロールしたり回避したりしてきたこととは全く違う種類のものです。

しかし、今やあなたはこれまでとは全く違う対処法を使って何をするのでしょうか?

これまでのセラピーは、いつもここまでのものでした。

「さあ、あなたにはいろいろとスキルを教えた。

今、それが上手く使えるようになった。よし、これからも頑張るんだぞ」

こうやってセラピーが終了していたはずです。

あなたは、一体これらのスキルを何に使うのでしょう?

 

これまで苦悩のためにあなたができなかったこと、歩みたくても歩めなかった人生、

なりたくてもなれなかった自分のために使いたくはありませんか?

自己啓発 ~ 迷信の迷路

これを読んでいる多くのみなさんは「自己啓発本」を読んだり、

「自己啓発セミナー」に参加してきたりしてきたことでしょう。

その内容は、今も昔も衣は替わっても中身は同じ、というものです。

たとえば・・・

思考や感情をコントロールする

・ ポジティブ思考を持つ
・ 嫌なことは考えないようにする
・ 気分をよくしてから行動する
・ ありありと願望が実現した状態を思い込む

などです。
これらに長期的な効果がないことはみなさんもお分かりだと思います。

 

ポジティブ思考を持てば、同時にネガティブ思考も持つことになります。
そもそも「ポジティブ」「ネガティブ」ということ自体、単なる『評価』であり、
自分の頭の中にある思考を評価で色分けして、
不快と感じたものを都合よく取り去ることなんてできないのです。

 

「嫌」と評価したことを考えないでおこうというのは、
「赤い象を考えるな」という心理ゲームと同じで、考えないようにするとますますそれにとらわれます。

 

何か行動するときに、「まず気分をよくしてから」と考えがちですが、
思考や感情というものは、移ろいやすいものです。
行動が思考や感情に支配されているとするならば、
その人の行動そのものは非常に移ろいやすいものとなるでしょう。

思考や感情はみなさんそれぞれが生み出したものです。
自分が生みだした思考や感情に支配されるとなると、
みなさんの人生はみなさんのものではなく、思考や感情に支配されたものとなってしまいます。

 

ありありと願望が実現した状態を思い込む時、
現実から隔離された部屋で、現実を見ないで済むように目を閉じ、自分の妄想に浸ることです。
妄想に浸っている間は気持ちがいいものですが、目を開けると、そこには現実があるのです。
このように、思考と一体化する状態を「フュージョン」といい、単なる思考を事実として、自分自身として信じてしまう状態です。

そして、フュージョンは単なる「苦痛」を「苦悩」にまで変えてしまい、
今ここにない時間、つまり、未来(不安など)や過去(後悔など)にとらわれ、
今できることができなくなるのです。

しかも、自分自身に対してもラベリング(「意気地なし」「どうしようもない」「情けない」というラベルを貼ること)し、
ラベル通りの自己を演じるだけではなく、過去の出来事をつなぎ合わせてストーリーを作り出し、
そのストーリーを無条件に信じ、これからもストーリー通りの自分を演じようとしさえします。

 

みなさん、よく分かって欲しいですが、

思考や感情をコントロールして成功したことがありますか?

確かに一時的にはホッとしさえするでしょう。

しかし、長期的に見ると同じ状況で同じことをしているだけなのです。
つらくなると酒で気分を紛らわせることと大した違いはないのです。

同じことを繰り返すということ自体、

そのやり方には効果がない

ということなのです。

『これまでと同じことをやり続けるならば、
 これまでと同じものしか手に入らない』

あるいは、みなさんは、ありありと思っただけで夢が叶うと本気で信じていますか?
それはオカルトであり、魔法を求めているのです。
そんなもので叶うなら、この世界はみんな魔法使いだらけではないですか。

こんなことは、もう何万年も人が妄想し続けてきたことです。

この世には魔法は存在しません。

思考や感情に支配された自分を変えることなく、
世界や他人を変えようとすることほど苦悩に満ちたものはないのです。

なぜなら他人や社会をコントロールすることはとても困難だからです。
コントロールできないものをコントロールしようとするとき、
苦悩が発生します。

アメリカの断酒会で使用されているプログラムでは、こんな祈りから始まるのです。

『神よ、与えたたまえ。
 変えられないものを受け入れる心の平静を、
 変えられるものを変える勇気を、
 そして、違いを知るための知恵を。』

むしろ、考え方、あるいは物事との関わりを根本的に変えることこそ、

たぶん、あなたは活き活きとした人生を歩むきっかけとなるのです。

既読・・・

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私はよくLineを使います。

Lineは文字のみならず、音声や画像もすぐに送れますし、グループ内で会話もできます。

とても便利です。

とりわけ、Lineでメッセージを送って相手が読むと

「既読」

という文字が表示され、相手が読んだかどうかそれによって分かります。

この既読をめぐって、いろいろな問題も生じています。

たとえば、

メッセージを送って既読」が付いているにもかかわらず、返事がない

というような場合、みなさんはどう思うでしょうか。

こんなところではないですか?

どうして返事を返してくれないのか

私のこと無視しているのではないのか

私の何が悪くてこんな仕打ちをするのか

・・・・・と際限なく、頭の中でいろいろな想像をします。

始末が悪いことに、その想像を現実だと信じてしまうことです。

ここで事実と事実でないことを分けてみましょう。

事実は、

画面上に「既読」という文字が表示された

ただそれだけです。

これで相手が読んだかどうか分からないです。

読んだかも知れないし、読んでいないかも知れないです。

ここで、

読んだにちがいない

と信じてしまうと、「どうしてだ」と思うのです。

そもそも

ちがいない

という言葉は、

確認していないが、一方的にそう信じ込む

という言葉の記号です。

かりに相手が読んだとして、今度は

どうして返事を返さないのか

ということを想像します。

この思考の奥には

私がメッセージを送ったら返事は返すべき

という「べき思考」があることに気がついてください。

べき思考は自分だけのルールであり、自分だけのルールを相手に拡張しても、

当然、相手は自分のルールと違うルールで動いていますから、そのルールは自分の思い通りにはなりません。

しかし、

返事を返すのは社会人としてのマナー、常識!

という自分だけのルールがあたかも社会一般のルールとして信じ込むと、

返事をしない相手はとてつもなくひどいやつのように思うのです。

自分が思うように相手をコントロールはできないのですし、自分のルールを押しつけても

相手はそのように動きません。

このようにコントロールできないものをコントロールしようとすると必ず苦しみます。

返事をしないのは、

きちんと読んでいないからかも知れないし

心身状態によって返事ができない状態かも知れないし

嫌っているかも知れないですし

それはいくら想像しても分からないことです。

想像、つまり、「既読」という表示を見て、そこからさまざまに想像して、その想像に対して反応しているだけなのです。

相手そのものに反応しているのではなく、自分の思考に反応しているだけなのです。

「既読」という文字を見て、想像を膨らませ、想像から生ずる新たな思考や感情に反応しているだけなのです。

本当に大切なメッセージならば、返事がないときは電話する、会いに行くなど方法を変えた方がいいかもしれないですね。

そして、事実として嫌われているなら話し合い、それでも嫌っているならどうしようもないです。

嫌う相手に

嫌わないでくれ

とお願いしたところで、それをどうするかは相手が決めることですから。

それは自分にも当てはまることです。

自分の思考に反応していることに気がついたら、事実を確かめ、その上で適切な行動を選択することはとても大切なことだと思います。

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最新の心理学をベースとした V.d.s.
人生と心の自由を取り戻す

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私たちのセミナーでいちばん好評な

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四谷怪談 ~ あるセラピストの話

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今日は、私の愚痴っぽいものを・・・申し訳ないです。(^^)

ただ、どちらが悪者かという話ではなく、友人の話から思ったままを書いています。

最近は「怪談もの」はあまり見かけなくなりましたね。

昔は映画で四谷怪談や累ヶ淵、牡丹灯籠などがありました。

最近のホラーを見慣れた私にとっては、物足りなく感じますが、それでも独特の雰囲気があります。

先日、こんな相談を持ちかけられました。

友だち「最近、私は嫌われているみたい」

私「ふーん。どうして嫌われていると思ったの?」

友だち「○○さんと昔トラブルになって、今だに○○さんが私と付き合う人に『あの人はひどい人よ』と言って、仲間はずれをするようにいろいろとやっているみたい」

私「えっ!?○○さん?表面的には物わかりが良く、面倒見がいいように見えるけれど・・・」

いろいろと聞いて調べてみると、トラブルというものは一方的な○○さんの思い込みであり、

さまざまな理由づけや自らの価値観、常識などで補強された

『自分だけの正しさ』

で、

友だちを「悪い」

と裁き、いろいろな形で吹聴し廻っていたことが分かりました。

『自分だけの正しさ』で武装した人ほど怖いものはありません。

何せ、正しいと信じ込んでいるのですから、

人の言うことにも耳を傾けず、

仲間を募り、

「敵」を滅ぼすためにはさまざまな手段を講じるのです。

そして、トラブルとは全く関係のないのに「正しさ」を錦の御旗のように振り回して尻馬に乗ってはやし立てている茶坊主の手合いも発見しました。

時間が経つにつれて、○○さんの妄想は膨らみ、見えない敵、自分だけの敵と戦っているような感じさえします。

こんな滑稽なことがありました。

トラブルとは関係のない共通の友人Aさんの書き込みに対して、Aさんの書き込みがどんなに良くても、先に友だちが「イイネ!」を押していると決して○○さんはその後に「イイネ!」を押していないのです。

小さなことですが、一つ残らずそんなことをしているのを見て、その執念に驚きました。

みんなに無視をしようと呼びかけながら、このような形でとても執着して意識していることが分かり、心の闇を見たような気がしました。

つまり、○○さんにとっては、そもそもトラブルとは全く関係のないAさんのことはどうでもよく、自分の好き嫌いを優先する人のようです。

このような人は、判断の基準が「私のモノ」か「私のモノでないか」しかなく、私のモノを守るためには涙ぐましいほど必死の努力をする一方、私のモノでない者に対してはどんなことでもできるのです。

何よりも人を見ているようでその人を通じて自分しか見ていない人なのです。

四谷怪談では、伊右衛門がお岩の亡霊と戦うシーンがあります。

伊右衛門にとってはお岩の亡霊は実在ですから恐怖を感じるのですが、周りにいる人にとっては伊右衛門が滅多矢鱈に刀を振り回しているだけなのです。

当の本人はその刀を

「正義の剣」

と思い込んでいることがどうしようもないのです。

自分だけの妄想でおびえてくれたらいいのですが、刀を振り回すのは迷惑にもほどがあります。

まさに、「自分だけの正義」という目隠しをするとこのようになります。

目隠しをすると自分自身の内面が見えるのです。

まずは、自身の心の亡霊を祓わないとダメですね。

信じられないことに、この人がセラピストを自称していることに驚きを禁じ得ませんでした。

治療が必要なのは○○さんだろ、と友だちに言いそうになりましたが、そこはじっと我慢。(^_-)

でも本当に悩んでやってくるクライアントに対してどんな「セラピー」をしているのか、

とても気になるところですよね。

友だちには

「放っておきましょう。この人は自分がやっていることが見えないのです。

別に好かれる必要もないですし、この人がやっていることは周りの人も見ています。

素晴らしい人を演じながら自分がどんなことをしているのか見えないのですが、人はこの人を見ています」

とアドバイスをしました。(^_-)

いったん

「正しさ」

「正義」

で武装すると、自分の行動すら見えなくなるというものは恐ろしいことです。

私自身も友だちのこの話を戒めとしたいものです。

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嫌われたくない・・・

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みんなに好かれたい、ほとんどの人がそう願うでしょう。

そして、嫌われると落ち込み、場合によっては自分には価値がないものだと思ってしまう人もいるかも知れません。

あるいは、好かれたい(嫌われたくない)あまり、自分の望まないことまで言ったり、行なったりするかもしれません。

必死でこのような思いを持って、振る舞っているときは気がつかないものですが、一歩退いて自分の姿を客観的に見てみると、

自分以外の人のほとんどから嫌われて、

人の好みに合わせて、

さながらカメレオンのように、

演技している

ことに気づくことが多いでしょう。

これはとても苦しいものなのです。

確かに嫌われると気持ちのいいものではありません。

しかし、ここでよく考えて欲しいことがあります。

あなたを好きになる、嫌いになるというのは相手の勝手なのです。

そして、相手があなたのことをどのように思うのか、相手の感情をコントロールすることはできません。

もし、あなたが相手の感情や生き方、思考、どうするべきかまでを支配できるなら、

「悩む必要がある」というのはもっともなことです。

現実には、そのようなことはできません。

あなたと相手は違うものであるうえに、あなたが思う以上に相手は一日中あなたのことを考えているわけではないのです。

人の感情や思考をコントロールすることは不可能でありますし、不可能なことをコントロールしようとすると必ず苦しみが出てきます。

なぜなら、現実はできないことを単なる思考で「できるはず」と現実否定しても、現実は何も変わらないからです。

本当のことを言えば、相手からの評価というものは、

相手はあなたに「ラベル」を貼っている

だけなのです。

ラベルはあなたの本質を表す事実ではありませんし、ラベルを貼る側の思考が生み出す「評価」にしか過ぎません。

ラベルとあなたは別物なのです。

しかし、相手の思考が生み出す評価を事実として信じてしまうと、

事実でないことを(ラベルを事実でないことを)証明するために、さまざまな方策を講じるのです。

たとえば、ラベル通りでないことを示すために、相手の思考や感情をコントロールしようとしたり、

自らラベルを剥がそうとしたり・・・

もちろん、誤解が生じている場合には、誤解を解くための行動は必要ですが、それをもってどう思うかは相手の勝手であり、自分のコントロールの範囲外です。

わざわざ自分から誤解を招くだろうという行動をする必要もなく、傍若無人に行動することもなく、それでもさまざまに人が評価するのは、

それが単なるその人の評価であって、

それが事実でなく、

人はあなたと同じようにそれぞれ好き勝手に評価するもの、

それによってあなたの本質は何も変わらないこと、

を知るならば、好かれても、嫌われても、その人たちそれぞれに対して

ありがとう、うれしいです。

残念、悲しいです。

で終わってしまうことです。

相手は何を考えているのだろう、どう思ってこう言うのだろうと、分かりもしない相手の心を推測したり、そのことで頭がいっぱいになって苦悩の迷路に落ち込む必要はなくなります。
やりたくないこと、言いたくないことを言って相手の機嫌をとる必要はなくなるのです。

物理的にコントロールできないものはできない。
思考で「コントロールできないものを、できるはずだと」現実を否定すると、嫌な感情を通り越して「苦悩」と呼ばれる迷路にはまり込むのです。

ゲシュタルトの祈り

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人生楽ありゃ苦もあるさ

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人生、いいことだけあって悪いことがなければいい。

自分自身もいい考えや思考だけを持って、悪いものはなくなったり、いいものに置き換わったりすればいい。

誰でもそう思うものですし、私もそう思います。

しかし、現実はどうでしょうか。

そんな都合よく人生や自分がいったためしはあるでしょうか。

そもそも「いいこと」「悪いこと」自体が思考が生み出す『評価』であり、『事実』とは異なります。

事実そのものには何ら意味がありません。

ここで事実と評価の違いを簡単に述べると、

事実は、外から見て分かるもの

たとえば、人、行動、物などです。

評価は、外から見て分からないもの

たとえば、感情や思考、善悪、正誤などです。

事実は誰が見ても、そのまんまのものです。

ところが、評価は人によって違います。

悪い人や悪い出来事

というものは、

「悪い」(評価)+「人」(事実)

「悪い」(評価)+「出来事」(事実)

から成り立っています。

しかし、多くの場合、評価も事実であると思い込み、それによって苦しむことにもなります。

苦しむと何をするのかといえば、

苦しみを避けるために

回避(無視する、友人関係を切る、逃げ出す、取り去ろうとする、なかったことにするなど)

コントロール(評価を都合のいいものに変えようと「悪い」を「いい」に置き換える頭の体操をする、戦おうとするなど)

をします。

評価は思考や感情から成り立っていますから、

これまでの過去日記から分かるように、思考や感情がコントロールできないことはすぐに分かると思います。

コントロールできないことをコントロールしようとすると、

莫大な時間がかかったり、

同じような出来事に対して同じ対処を繰り返したり、

などの方策を講じます。

「いい・悪い」「正しい・間違い」「善・悪」などというものは単なる評価であり、事実とは違うこと、

なによりも、自分自身の思考から発生する評価について回避したり、コントロールする必要がないこと、

そして、単なる思考から出てくるものは事実とは違うものであることを知るのは大切なことであります。

この世の全ては、事実ではなく、その人の事実の解釈から成り立っている、というのは重要な言葉かもしれないですね。

人生にしても自分自身の思考・感情にしても、「いい・悪い」と評価することは人として当たり前のことですが、

それに振り回されることなく、

いいことも悪いこともひっくるめて全て、

自分自身や人生であるというアクセプタンス(完全受容)することが、

現実をありのまま肯定し、

その現実から、

「では、どうやっていこうか」

という対策が出てくるからです。

思考や感情はコントロールできませんが、

思考や感情とは別に、行動はコントロールできるのですから。

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死ぬこと

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今日は「死」について、ちょっとだけ・・・

みなさんは、家族や知人などで「死」を見たことがあるという人も多いでしょう。

死を見たとき、ふと頭をかすめることがあります。

「私もいつかは死ぬんだ」

と。

でも、不思議なことに、そのいつか、というものはずっと遠い先のことと信じています。

20年後、30年後、50年後、60年後・・・というふうに。

でも、それらに根拠はあるのでしょうか。

確かに、私たちがこれから何年後かに生きている証拠や保証はどこにあるのでしょうか。

こういうことを言うと、

「怖い」

と思うでしょう。

そうです、死は本能的に怖いものなのです。

なぜなら、誰もが体験するものでありながら、体験するとその先が分からないからです。

何よりも、どんなにお金を持っていても、どんなに人を愛し、憎んだとしても、
どれほどの経験を持っていたとしても、どんなに名誉や権力を持っていても、
どんなに苦しみを持っていたとしても、

死は、全てを残して、たった一人で経験するものなのです。

二人で死のうが、多数で死のうが、体験は一人一人のものなのです。

死に臨んでは、一切のものが死を遠ざけることはできないという事実が紛れもなくあります。

死は恐ろしくないという人も、死の恐ろしさの代わりとして、来世や死後の世界というものに希望を託します。

そうすることによって、恐怖が和らぐこともあるからです。

無意識的に、あるいは努めてそのようなことを考えないようにしようと思っている人も多いでしょう。

必ずいつか分からないときに体験するものであるのに、自分の体験と切り離してこのように死を取り扱うこと自体が、死の恐怖の大きさを物語っているのです。

たとえば、幼いときの体験を自分の目から見るように思い出すことができますし、未来の予想もまた、自分の目から見るように想像できます。

しかし、死については、それをイメージするとき、そのイメージの中に必ず自分というものが、自分の死体、棺桶、祭壇などのように直接的、間接的に存在します。

つまり、道のものであり、恐怖が大きいため自分の目から体験しているようにイメージすることができず、
自分から抜け出したかのようにして、あたかも自分が死の体験から回避するようにしてしかイメージできないのです。

死は、人生の総決算でもありますが、だからといって予想できる死ばかりではありません。

交通事故や突然死、闘病中の突然の悪化など、予想もしない形で死はいつ訪れるかも分かりません。

だからといって死の恐怖を感じながら生きることは全く意味がないことでもありますし、心と体を壊すだけでしょう。

よく考えると、「死」というものは私たちの人生について多くのことを教えてくれます。

本当に活き活きと過去生きてきたのか、今も生きているのか、
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バスの運転士

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こんなバスがあるのです。

バスの運転手はあなたです。

そして、行き先は「あなたの歩んでみたい人生の方向」を表示しています。

バスの乗客にはいろいろな人がいます。
優しいおじいさんもいれば、まじめなサラリーマン、おしゃれなOLも乗っています。

いい人や無害そうに見える人だけではありません。

酔っ払いや極道も乗って、わめき声を上げていることでしょう。
運転席の近くまできて「右に曲がれ」「そこ、左」とわめき立てるでしょう。

それが怖い運転手のあなたは、そのことばどおりに右や左に曲がってしまってきたと思います。

たまには勇気を振り絞って怖い客の言葉に逆らって逆の方向にハンドルを切ったこともあるでしょう。
そうすると、怖い客たちはいっそう大きな声で怒鳴りあげ、

「大変なことが起きるぞ」

「何かあったらどうするんだ」

と恐怖と不安をあおり立てます。

怖い客が示す方向は、あなたが望む方向ではないのに・・・

その間、あなたのバスは「行き先」から大きく外れてしまったのです。

そして、あなたはこの柄の悪い人が気になって仕方ありません。
この人に降りてもらおうと思っても、この人たちは降りる様子がありません。
言い争っても、降りなさいと注意しても降りません。

その間、あなたの人生のバスは道に止まったままです。

言い争いをし出すと、他の乗客までもがざわめくでしょう。
新たな客も乗ってくるでしょう。
客を乗せても、降ろすことなんてできっこないのです。

そこであなたは次の作戦に出ます。

取引に出るのです。

見た目が怖いから、極道に背広を着せ、七三に分けてもらい眼鏡をかけさせ、後部座席に座ってもらうのです。
酔っ払いには酒を渡し、しばらく黙ってもらうことにするのです。

それでも運転手のあなたは後部座席が気になって仕方ありません。

黙っているか、わめき出さないか、暴れないか、そればかりが心配です。
ルームミラーでちらちらと常に後ろを確認し、心はここにあらずです。

あなたの注意は、バスの示す方向を見ずに、ルームミラーばかり見ているのです。
行きたいところを思い描くのではなく、怖い客ばかりを見ているのです。

その間、あなたの人生のバスは方向を見失っているのです。

こんなふうに生きてきたのではありませんか。

ここでの乗客はあなたの思考や感情なのです。

本当のことは、

運転手はあなたであり、運転できるのはあなただけなのです。
乗客は騒いだり、わめいたりすることしかできないのです。
乗客があなたに代わってハンドルを切ったり、ブレーキをかけたり、アクセルを踏んだりはできないのです。

思考や感情が何を言おうが、あなたはそれとは関係なく「自分が歩んでみたい人生の方向」に向かって運転できるのです。

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自信をつける

P1010476

自信をなくしたので、自信をつけたいという人が相談によくやってきます。

そして、私たちも当たり前のように自信をなくした、自信をつけたいと言います。

しかし、よく考えてみると、そもそも自信というものは一体何なのでしょうか?

それはなくしたり、つけたりすることができるものなのでしょうか?

たとえば、

ウィルスに感染したから抗生物質を打ちます

骨折したから足を固定します

お腹が空いたから食事をします

このように、具体的な物事には、具体的な対処法があります。

一方、自信とは何なのでしょう?

それが分からないことには、なくしたりつけたりすることすら不可能なのでしょうか?

私たちのセミナーの中でも受講生に質問するのですが、

「花束は存在しますか?」

と。

たいていの人は、「存在する」と言います。

「では、何が花束ですか?」

と再び質問すると、「花が束になったものが花束です」という答えが返ってきます。

「『束』とは何ですか?何本から束になるのですか?」

と三度問うと、2本以上とか、10本くらいといういろんな答えが返ってきます。

みなさんにお聞きしますが、

「その『花束』というものはどこに存在しますか?」

・・・

『花束』というものは抽象的な概念であり、言葉では存在するけれども具体的には存在しないものです。

このようなものはたくさんあります。

『国民』『国家』『民族』『常識』・・・挙げればキリがないものです。

自信もその一つなのです。

実体がないものに対処することはとても困難なことなのです。

言葉が存在するとあたかも具体的な何かがあると勘違いしてしまい易いのですが、実際のところ具体的なものは何もないのです。

言葉だけでしか存在しないもの、たとえば自信などを取り扱ったところで、具体的な対策を立てることができないことはいうまでもありません。

「自信がない」という思考や感情は、その人にとってはさまざまなスキルの不足やそこから発生する感情の集合体でしょう。

対策としては「自信をつける」ということではなく、何が不足しているのかを細分化し、それぞれらついてのスキルや経験をつけてゆくことが、結局は「自信をつける」ということでしょう。

決して、

スキルがないまま「私には自信がある」と思い込ませることでもなく

目を閉じて、ありありと成功したときの感情を奮い立たせることでもなく

感情や思考と戦ったりコントロールしたりするようなことではありません。

このようなことをしても一時的にはホッとする場合もありますが、結局同じことを繰り返してきているはずですし、思考や感情がコントロールできないことは私の過去日記で何度も言い続けてきたことです。

自信をつける、という漠然としたものに挑むより、まず私には何が足りないのか、それを見つけ出すことが大切なのかもしれません。

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